2:異世界勇者サキ=アイカワ
ニアクス王国の王都ニアクス。
そこにある勇者教の総本山、ルカ大聖堂はお祭りムード一色だった。
いや、正確にはルカ大聖堂の置かれた勇者教領全体が、だ。
理由はもちろん勇者教として歴史上初の、そしてライバルである女神教すらも未だ実現していない、異世界勇者の複数同時召喚に成功したからである。
中核となった双子のカルト、オルト姉妹は連日連夜祝賀会に駆り出されていた。
召喚された”四人”の内の一人がついに目を覚ましたのは、そんな彼らの興奮がまだ収まる気配の無い夜のことだった。
★
「ぐへへへへ、ウラノスがもっと相川しゃんに輝けと囁いているぅー。うぇっへっへぇー。……おべろ?」
少女は寝ぼけて呂律の回らない声を上げ目を覚ました。
口からは一筋のよだれが垂れている。
彼女の名は相川沙希。
この世界風に言えばサキ=アイカワだ。
「……あれ? ここどこだろ?」
サキは頭の上に見事なアホ毛を立てて起き上がった。
彼女自身の記憶では、確か自分の部屋でおやつ後の昼寝を決め込んだはずである。
「……衣替え?」
んなわけがない。
「あれ? こんなの着てたっけ……?」
とりあえず腕でよだれを拭いたサキは、自分が見覚えのない服を着ていることに気がついた。
寝た時は確か上がニットで、下はニーソとミニスカートだったはずなのだが、今は普通にお高そうな生地の白いローブだ。
ガチ寝の時はパジャマだし、そもそもこんな服を彼女は持っていない。
「ま、まさか……」
サキは青ざめた。
まさか自分が異世界に召喚されたなどと夢にも思っていない彼女は、身代金目当ての誘拐の可能性を――。
「寝ている間に服を生成する異能に目覚めてしまったんじゃ……」
ちょっと待てや。
……どうやら解釈という概念は斜め上に吹き飛んでいったらしい。
端的に言ってこれはひどい。
彼女の世界には魔法も異能もなかったはずなのだが、いったい何がどうなると素の寝起きでいきなりこんな発想をする子に育ってしまうのか。
……謎である。
というわけで、サキは自分の予想を確認すべく早速コートのことを考え始めた。
なんか雑誌で見てからずっと欲しいと思っていたやつだ。
「いでよ! ピンクのスプリングコート!」
……部屋に訪れたのはもちろん静寂だ。
断じてピンクのスプリングコートではない。
ちなみに今は春じゃない。
「あれ? 何も出てこない……」
そりゃそうだ。
「ポーズが悪いのかな?」
なんでそうなる?
「チェックのスカート! 現れよ!」
サキは手の平からエネルギー弾でも発射しそうなポーズで叫んだ。
再び部屋の中が静かになったのは言うまでもない。
人が入って来たのはちょうどその時である。
幸いなことに、「もしかして呪文は”かめはめ○”が正解なんじゃ?」とか考え始めたサキの思考はそこで中断された。
いや、来てくれて本当に良かったよ、本当に。
「勇者様! お目覚めになられたのですね!」
サキの寝ていた部屋にやって来たのは白と黒の服を着たシスターらしき少女だった。
少女といっても十四才のサキよりは年上に見える。
「勇者様?」
サキは左右に視線を振りまいて部屋の中を確認した。
周囲には誰もいない。
自分を指差して確認すると、相手は無言で頷いた。
「そう! 私が勇者です!」
サキはなんかそれっぽい厨二ポーズで期待に応えた。
どうやら速攻でこの世界に適応してしまったらしい。
ちょっと早すぎる気もするが、アホの子なんてみんなそんなものである。
頭の上に生えている凛々しいアホ毛は伊達ではないのだ。
「よかった! 違っていたらどうしようかと思いました!」
本当に違っていたらどうするつもりだったのだろうか?
とにかく、サキはアイニと名乗った彼女から話を聞くことで自分の置かれた状況を理解した。
要約すると、サキは別の世界から呼び出された、なんかすごい勇者ということらしい。
もっと他に色々聞くことがあるんじゃないかと言いたくなるところだが、本人はそれだけで納得してしまった。
ナレーション担当のこちらとしては楽で非常に助かるところである。
「なるほど、話はよくわかりました。それで、私が打ち倒すべき魔王はどこに?」
もうノリノリである。
ちなみにアイニは魔王の話なんて一切していない。
「あ、いえ、この時代に魔王はいません」
「では竜王が!」
「竜王もいません」
「じゃあアンデッドの王が!」
「いません。ちなみに獣王も天空王も烈○王もいません」
「烈海〇も?!」
どうやらこの世界に〇海王は転生していないらしい。
……まあ、私は一向に構わないのだが。
「なるほど……。ではこれから魔王が現れるのですね?」
それでも意に介せず食い下がるサキ。
彼女はもう魔王と戦う気満々である。
頭の上にハネたアホ毛が妙に勇ましい。
(予言された魔王の誕生! 美少女勇者相川さんは悪の野望を打ち砕くため修行の旅に!)
「あ、たぶんそれもないです」
脳内で勝手に盛り上がり始めたサキの期待を、アイニは容易く打ち砕いた。
それはもう皿の上に乗ってぷっちんしまくりんぐなプリンに拳を振り下ろしてぐちゃぐちゃにしてしまうぐらいの容赦の無さである。
「新たな魔王が現れる時は遅くとも一年前には女神様からの神託が降ります。今のところそういう神託はないので、少なくとも今後一年は現れません」
「じゃあ眠っていた魔王が目覚めたとか!」
「それも目覚めた時に神託が降ります」
「じゃあじゃあ実は忘れられた古代の魔王がどこかにいるのかも!」
「魔王がいる場合は皆が忘れてしまわないよう定期的に神託が降りてきます。つまり何もない今は魔王なんて一人もいません」
「そんなー!」
頭の上のアホ毛様はついに観念してしょんぼりとうなだれた。
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