21:五人目の敵

「……ほう?」


 モンドは予想外の事態に目を見開き足を止めた。

 

 当然といえば当然だ。

 なにせ男の中でも大柄なモンドと華奢なステラでは体重差は二倍以上、下手をすれば三倍ぐらいの差がある。


 それにもかかわらず、彼女はモンドが胴体を分断してやるつもりで放った攻撃をその場で受け止めたのだ。

 これで何の仕掛けもないと思う方がおかしい。


 しかしモンドはステラの足元に僅かながら緑色の光の粒子が漂っているのを見て、その理由をすぐに理解した。


「なるほど、魔法剣士か」


 ここは魔法が存在する世界である。

 習得難度の問題はあるにせよ、体格の不利を補うためにそれを使うという発想は別に不思議なことではない。


 懸念があるとすれば、”ステラが使っているのはモンドが知らない魔法である”ということだが、魔法の専門家ではないモンドはそれを深刻な問題とは受け止めなかった。

 考えたのはあくまでも敵が詳細のわからない魔法を使えるという、戦闘における懸念事項としてだけだ。


(おそらくは一時的な身体強化……、効果はどれぐらいだ?)


 彼は学者ではないのである。

 その目的を踏まえれば、ステラの魔法の強化幅や持続時間といった項目に着目するのは正しい判断だと言える。


 彼を囲む敵は全部で四人。

 背後にラプラス、正面にステラと警備の男が二人だ。


 既に意識を失ったユウは除外されている。

 数の上では一対四。


 モンドは即座に戦闘の続行を決断した。

 つまり彼はこの状況において尚、自分の戦力の方が上と判断したということだ。


 そんな彼に背後から仕掛けたのは先程まで戦っていたラプラスだった。


 味方と組んで前後から挟み撃ちにできるとなれば攻撃の幅は広がる。

 そう考えての攻撃だ。


 が――。


「甘いッ!」


 狙いは下段から刺突。

 しかしそれはモンドの横蹴りで体ごと薙ぎ払われた。


 ステラのように身体強化魔法を使えない彼に耐えきる手段はない。


「ラプラスくん!」


「ラプラス! 大丈夫か?!」


 ラプラスが壁に叩きつけられたのが戦闘再開の合図だった。

 同僚である警備兵の一人、ドグラが鉄の槍を構え、ラプラスへの追撃を阻止する位置へとサイドステップで素早く回り込む。


 ドグラと連携をとって、もう一人の警備兵マグラもモンドを挟み込むように反対側へと動いた。


 生粋の戦闘員ではないとはいえ、ラプラスに比べれば通常の任務中に荒事への遭遇が想定される彼らだ。

 その行動は訓練通りの理想的な連携となっていた。


 だが想定内という点ではモンドもまた同じ。

 彼は躊躇いなくドグラに向かって剣を振り下ろした。


 ドグラは横にした槍でそれをなんとか防いだが、モンドの剣は重量で斬るタイプであるため、分厚い刃は折れるどころか刃こぼれすらしてくれそうにない。

 そしてがら空きになった鳩尾にモンドの前蹴りが突き刺さった。 


「――?!」


 威力は十分。

 ドグラはたまらず泡を吹いて崩れ落ちた。


 そんな背後からマグラが仕掛ける。


「貰った!」


 マグラの槍は背後からモンドの脇腹に当たった。

 そのまま胴体を貫いてもおかしくない勢いである。

 

 だが――。


「防刃?!」


 鋭利な槍の攻撃はモンドの服を貫けなかった。

 彼の服は力を物理法則以上に分散させることで防刃効果を得るマジックアイテムなのだが、もちろん今戦っているマグラ達はそのことを知らない。


 少なくともそれは平民である彼らが知っているほど一般的なものではなく、マグラの目にはまるでモンドが彼自身の筋肉で受け止めたかのように見えていた。

 ――動揺した彼を振り返ったモンドが蹴り飛ばした。


 一般的には体格が恵まれた部類に入るマグラも、相手がモンドとなれば不利は否めない。

 しかし後方に蹴り飛ばされた彼の肩を踏み台にして、今度はステラが仕掛けた。


 服の上からでは刃が通らないことはわかっている。

 狙うのは肌の露出した部位、つまり首だ。


「はあああっ!」


 ステラは刺突で最短距離に剣を走らせた。

 彼女の剣は細身なので、盾で止められたり横から薙ぎ払われると折れる可能性が高い。

 

 この一撃で決めるつもりなのは明らかだ。


(決まる!)


 ステラは直後に自分が血飛沫を浴びることになると確信した。

 もちろんモンドの血をだ。


 期待通りに剣を伝わってくる肉の感触。

 ……だがそこで剣は止まってしまった。


「そんな――?!」


 剣は確かにモンドの首筋に突き立てられている。

 先ほどのモグラの攻撃と違い、服の上からではなく肌に直接だ。


 ……しかし貫けない。


 予想外の展開にステラは慌てて剣を引いた。

 両足でモンドを蹴り飛ばし、急いで距離を取る。


「魔法装甲?! ”こっち”にもあるなんて!」


「ほう、これの存在を知っていたか。……待てよ? お前、もしかして女神様の仰っていた――」


 何かに気が付いたモンドだったが、体勢を立て直したマグラが再び突進したことでその思考は遮られた。

 流石に勢いのついた突進を止めるには踏ん張りが足りなかったらしく、マグラはモンドをそのまま壁まで押しつけることに成功した。

 

 モンドは咄嗟に剣を手放して押し返そうとしたが、体勢の不利は覆らない。


「今です!」


 マグラは叫んだ。

 全身から脂汗を噴き出しながら、尚も全力を出し続けている。


「シャインブレイド!」ハッと我に返ったステラは剣に白い光を纏わせた。


 刃を視認されやすくなる代わりに、魔法が付加された分だけ威力が上がる。

 つまりモンドの防御を貫ける可能性も上がる。


「小娘、やはりお前……」


 ”それ”を見たモンドは確信した。


 再び仕掛けたステラ。

 彼女は魔法が上乗せされた脚力で人間の限界を超えた加速し、そのまま全体重を掛けた突きを繰り出した。


 マグラの状態からいって、モンドの足を止めていられる時間は殆ど期待できない。

 チャンスはおそらく、いや、間違いなく一回だけだ。

 

(さっきは首まで通った。つまりそんなに強力な防御じゃない!)


 ステラが狙ったのは先ほどと同様に首だった。

 服の上からでは肌を切り裂くのに最低でも二層の防具を破る必要があるし、致命傷を与えるという意味でも当然の選択だ。


 だが突剣に近い細身の剣が届くまであと一歩というタイミングで、モンドは両手を組んでギリギリでマグラを叩き潰した。

 いくら耐久力の高い背中とはいえ、消耗した状態で耐えきれる水準の衝撃ではない。


 モンドはマグラが気を失ったのを確認することなくステラを迎え撃った。

 人間の限界を超えた動きとは言っても、魔法を駆使した戦闘に慣れた者であれば対応できる。


 マグラを攻撃した勢いで少し身を屈めてからのショルダータックルだ。

 魔法によって速度域の上がったこの世界の戦闘においては、頻繁に選択される攻撃手段である。


「――?!」


 少女の剣はモンドの肩先を掠めて空を突いた。

 見えない防御壁と強化服を突破してダメージを与えたのは大健闘だったが、そこまでだった。


「きゃっ!」 


 ステラは引き換えにモンドの攻撃を受けて背後に吹き飛ばされた。

 彼女自身が加速していたせいで相対速度は十分、背後の壁に叩きつけられた時点で、既に意識はなくなっていた。


 そしてステラが床に崩れ落ちた後、部屋には静寂が戻った。


(……増援が来る前に止めを刺しておくか)

 

 肩の傷を確認して軽傷であることを確認したモンドは、まずはユウを殺そうと自分の剣を拾った。

 ……何者かの視線を感じたのはその時である。

 

「――?!」


 モンドは即座に戦闘態勢に戻った。

 しかし慌てて周囲を確認してみても、さっきまで戦っていた四人はまだそのままの位置で気を失っている。


 部屋の壁を背にして胡坐で座っている影に気が付いたのはその直後だ。


(新手か?!)


 部屋の照明は未だついていない。

 相手のいる位置は窓から遠いせいで月明かりが届かず、その姿をはっきりと確認することはできなかった。


 だがモンドの本能はこれまでの敵とは格が違うと即座に判断していた。


 格下ではないと感じて剣を握りしめるモンド。

 相手の正体がわかったのはその直後だ。


「明かりをつけないのは失敗だったな。」


 ……言葉の主はユウだった。

 しかしその口調はどこか他人事で、まるで評論家のように嘲笑的だ。 


 ユウと殆ど話したことのないモンドですら、本当にユウなのかどうかを怪しんでしまうぐらいの違和感。

 単に人物像との乖離というだけでなく、態度の場違いさが際立っている。


 しかし当の本人はそんなモンドの混乱などお構いなしに剣を確認した。

 

「攻める側なら目立たないように消したままってのもアリなんだろうが、守る側がつけないメリットは見当たらないな。……そうだろう?」


「……?」


 ユウはランプの前に立つと、刃を半分以上失った水の剣でそれをトントンと叩いた。

 ……しかし点灯させようとする気配はない。


「ふん……。今度はお前が攻める番だとでも言いたいのか?」


「それはそうだろう? でなけりゃ続ける意味がない。」


 ユウは意識を失ったままのステラを一瞥した後、窓の外を見た。


「どうせやり直すんなら別にここで死んだって構わねぇんだろうが……。まあ”飼い主様が見てる前”だ、少しは働いてやろうじゃないか。」


 雲が動き、差し込んだ月明かりがユウの表情を照らし出す。


 モンドが見たのは、まるで悪魔のように歪んだ笑みだった。

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