15:水の剣



「なんでもよければ一本あげようか?」


 夕食が終わった後、俺は自分が森の中でクマ達に発見されるまでのことを話していた。

 熊達から逃げる時に重い剣を投げ捨てて来たことへのアルドの反応がこれだ。


 剣を買ってくれたダーザインといい、どうやらこの世界の人は入門者にやさしいらしい。

 ちなみに俺がもう何回も死んでループしていることは話していない。


「いいの? 結構高そうだけど。」


 ダーザイン達に連れて行ってもらった武器屋で見た武器の値段を踏まえると、安いものではないはずだ。

 まあこの世界じゃ命を守る道具は重要だから当然だろう。


「どうせ誰も使わないからね。手ぶらでユウに何かあっても困るし」


 アルドが食後のお茶を飲みながら答えた。


 最初は洒落た紅茶でも出てくるかと思って身構えたけど、出てきたのは予想外にも緑茶だ。

 洒落てるのはティーカップだけだ。


 既に陽は落ちて外は暗い。

 ランプの白い光が家の中を包んでいた。


 白いカップに鮮やかな緑が映えている。

 ちなみにカエルとクマ達はバケツみたいにでかい容器にストローを差してゴクゴクと飲んでいた。


「試しに振ってみてから決めたらいいクマ。ユウはもやしだから重くて振れないかもしれないクマ」


 この灰色、なかなか毒舌だ。

 でもあながち外れていないので反論できない。


「クマー、きっとユウなら大丈夫クマー。」


 茶色は逆に俺の味方だ。


 これはあれか?

 敵の敵は味方、灰色に虐げられている者同士のシンパシーなのか?


「ふふ、じゃあ試してみようか」


 アルドが左側の何もない空間に右腕を伸ばした。

 手首辺りまでが何もないはずの空間に吸い込まれるように消えていく。


(……え?!)


 部屋が少し暗いせいで見間違えたのかと思ったがそんなことはなかった。

 たぶん魔法袋と同じことをやったんだと思う。


 アルドが腕を戻した時、その手にはランプの光を反射して金属特有の輝きを放つ剣が握られていた。


「はい」


 あっけに取られる俺に気が付いているのかいないのか、アルドが取り出した剣を差し出した。


「軽い……。」


 受け取った最初の感想はそれだ。


 持っていることが辛うじてわかる程度。

 これまで手に取ってきた武器とは桁違いに軽い。


 鞘も柄も銀一色の剣。

 唯一の例外は柄頭に埋め込まれた青い石だけだ。


 鞘には複雑な装飾が施され、この剣が決して安物ではないことを主張している。


(これ……、どう見ても高いだろ……。)


 ダーザイン達に連れて行って貰った武器屋のラインナップ、あれよりも価格のレンジが高いのは明らかだ。

 俺は自分の顔が引きつっているのに気がついた。


 むしろダーザインが腰に差していた何億とかするような武器の仲間じゃないのか?

 だとすると家宝レベルの超高級品ということか……。


(落としたらどうしよう……。)


 ビビリ過ぎて手が震える……。


「あの……、アルドさん?」


「アルドでいいよ?」


 俺の懸念はガン無視で満面の微笑みが返って来た。

 ……こいつ、もしかしてわかっててとぼけてないか?


「どうせ埃被ってたのは事実なんだ、試しに抜いて見ろよ」


 カエルに促されて、俺はビビリながらゆっくりと剣を抜いた。


「……。」


 みんなが黙って俺の様子を伺う中、鞘に隠されていた刀身が姿を現す。


「すげぇ……。」


 まるでガラスのように透き通った刃に、俺は一瞬で魅入られた。


 材質は明らかに金属じゃない。

 どこかにぶつければあっけなく割れてしまいそうだ。


「気に入って貰えたみたいだね」


 アルドが再び微笑んだ。

 まるで新しいおもちゃに目を輝かせた子供を見る保護者みたいだ。


「でもこれ、使えるの?」


 気になったのはそこだ。

 宝飾品としてはいいけど、実戦で使えるのかコレ?


「その剣は液体を固めて刃に出来るんだ。密度を上げればその分固くなるよ? 本体の自動修復機能もついてるから手入れも楽だしね」


「まさか……、魔法剣……、だと?」


 この剣がファンタジーでしかお目にかかれない代物であったことを理解した瞬間、俺の心臓は高鳴った。

 

 ……まあ、目の前にいるこのクマとかも十分ファンタジーな存在だけど。


「傷がついても水に突っ込んでしばらくしたら修理費不要で全部元通りクマ。ユウみたいな貧乏性でも安心クマ」


 そしてやはり灰色は安定して毒を吐くスタイルのようだ。

 しかも図星だからタチが悪い。


「逆に言えばそれだけなんだけどな。別にすごい魔法が使えたり使い手の身体能力が強化されたりするわけじゃない。せいぜいが刃の部分を制御できるぐらいで用途はあくまでも剣。単にメンテが楽で自分の使い方に合わせた調整がしやすい軽い剣でしかないんだよ。結局はビギナー向けってことさ。……サンドウィッチ食うか?」


 カエルの説明で何となく理解できた。

 ランクは高いがそれに見合った有用な能力を持っていない。


 ネトゲ――、もといオンラインゲームなんかでも結構ある話だ。

 戦闘用の能力がほとんど付加されていないから価値があまり高くないということなんだろう。


 っていうか、なんでお前は事あるごとにサンドイッチ勧めてくるんだよ。

 さっきメシ食ったばっかりだろ。


「気に入ったクマ? じゃあ使うといいクマー。」


「ああ、ありがたく使わせてもらうよ。」


 とにかく、武器を無くした今の俺にとっては十分すぎる代物だ。

 だからありがたく貰うことにした。


 ちなみにこの剣には名前が無いらしい。

 水に入れたら復活するんだから”水の剣”でいいだろう。


 刃も水だし。


 それにしても灰色と違って茶色は俺にやさしい。

 好きな色を聞かれたら今度から茶色って答えることにしよう。



 深夜。


 俺は用意してもらった部屋のベッドで目を覚ました。

 体中をぐっしょりと汗の感触が包んでいる。


 疲れている時はいつもこうだ。

 そういう時は大抵、ぐっすりと眠って数時間で目を覚ますんだ。


(喉、乾いた。)


 地下にあるこの部屋の中は真っ暗だ。

 俺はベッドから起き上がると、水を求めて手探りで部屋を出た。


(明かりがついてる……?)


 一階への階段に光が差して明るくなっていた。

 この上は夕食を取ったダイニングになっている。


 誰かがまだ起きているのか、あるいは灯りを付けたままなんだろうか?

 俺は怪訝に思いながら階段を昇った。


「ああ、おはよう」


 階段を昇り終えた直後に聞こえてきたのはアルドの声だ。

 声の方向を見ると、アルドと茶色クマが二人でお茶を飲んでいた。


「クマー。ユウもこっちに来るクマー。夜更かしは男の特権だクマー。」


「なんで男の特権?」


「睡眠不足は美容の大敵クマー。女の子はさっさと寝るクマー。」


 なんか納得した。

 灰色がいないせいか茶色が生き生きしている気がする。


 やっぱり尻に敷かれてるんだな、お前。


「何か飲むかい? 緑茶か烏龍茶しかないけど」


「むしろ烏龍茶あるんだ……。じゃあ烏龍茶で。」


 アルドが烏龍茶を入れてくれている間に俺は茶色の隣に座った。


「あのさ。」


「なんだクマ?」


「触ってもいい?」


「いいクマ、って返事する前にもう触ってるクマ。」


 触った感触はフカフカモチモチしていて気持ちいい。

 俺は思わず抱き着いた。


「クマー。男に襲われたクマー。ユウはやっぱりノンケでも構わず食っちまう奴だったんだクマー。」


 俺はジタバタするクマを逃がさないようにしっかりと抱きしめた。

 ホモ扱いされるのは心外だが、そんなことを気にしていられないぐらいこいつの抱き心地は素晴らしい。


 フカフカのモフモフでモチモチのブヨブヨだ。


「疲れが滲み出るぅぅぅぅぅうううう。」


 まるで全身の疲れがクマに吸い込まれていくみたいだ。

 俺はクマに上半身の体重を預けた。


 クマの背中に回した左手に固いものが触れたのはちょうどその時だ。

 そう、最初に会った時から気になっていた”アレ”だ。


「クマが気に入ったみたいだね?」


 アルドが柔和な笑みを浮かべながら烏龍茶を差し出した。


 だからどうしてこれが男なんだよ。

 お前のせいで世の中の女の子達は大半が人権剥奪されてるぞ。


(今なら聞いても大丈夫かな……?)

「あのさ、ずっと気になってたんだけど……。」


「なんだい?」


「なんだクマ?」


「クマの背中のファスナーって何?」


「……」


「……。」


 ――静寂。


 二人とも黙ったまま何も答えない。


「……そうだ、なにかお茶請けになりそうなものでも出そうか」


「夜食は男の特権だクマー。女の子は太るクマー。」


(スルー?!)


 今さっきの俺の発言は無かったかのように、二人は空気をゴリ押した。


「まあこんなのしかないけど、よかったら」


 アルドが陶器をテーブルの上に持ってきて蓋を開けた。

 中には半透明の青い粒がたくさん入っていた。


「……なにこれ?」


「グミ」


 アルドが笑顔で答えた。


 だからなんでこれで女じゃないんだ。

 今まで女の子だと思ってたのは、実はみんな男だったんじゃないかって不安になるだろ。


「お茶とグミって組み合わせ的にどうなんだクマ?」


「ダメかな? グミおいしいと思うんだけど」


「まあグミ単体なら俺もうまいと思うよ? 単体なら。」


 取りあえず一個つまんで口に放り込んだ。

 奥歯で噛みしめると口の中に甘味がゆっくりと広がっていく。


 ……まあ、うまいと言えばうまい。


 そういえばこっちの世界に来る直前にもこんな感じのグミを食べた気がする。

 すごい美人のお姉さんがサンタコスで配ってたんだっけ。


(……あのお姉さんも実は男だったとかないよな?)


 クマも俺の後を追うようにしてグミに手を出した。

 いつの間にか手に持っていたマドラースプーンで器用に口へ放り込んでいく。


「歯ごたえがあってうまいクマ。」


 クマはモグモグと口を動かしながら月並みな感想を吐くと、そのままズズズッとストローでお茶を飲んだ。


「お茶とグミも案外悪くないクマー。」


「ふふ、クマがそれ以外の感想を言うの聞いたことないよ?」


「雑食は好き嫌いしないんだクマー。」


 その後はグミを食べながら、また俺のいた世界のことなんかを話した。

 そしてアルド達は元の世界でいうところのニートに相当するという結論になった。


「ニートか……。彼と一緒にされるのは心外かな」


「あの人が働いてるの見たことないクマ。っていうか働いたことあるのかクマ?」


 どうやらアルドにはガチニートの知り合いがいるらしい。



 翌日、俺は茶色クマとカエルに森の出口まで案内してもらった。


「ありがとう助かったよ。」


「気を付けてな。サンドウィッチが食べたくなったらまた来いよ」


「もう迷子にならないように気を付けるクマ。……言っても無駄クマ?」


「まあこっちに来たばかりだからな。アルトバはこの道をまっすぐだ。……迷うなよ?」


「大丈夫大丈夫。」


 森の中と違って霧で視界が塞がれているわけでも迷宮化しているわけでもない。

 これで迷ったら真正だって。


「じゃあな! もう会わないと思うけど!」


「……フラグか?」


「フラグだクマ。」


「うるさい! じゃあな!」


 俺は二匹に背を向けて道なりに走り出した。

 目標はアルトバの街でステラと再会すること。


 ……夕方までに街に辿り着ければ大丈夫なはずだ。

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