紅色髪の混成獣
天木 るい
一章 悪魔の少年
第1話 出会い
この日、
紅い髪に琥珀色の瞳を持つ少年は、敬虔なクリスチャンの両親の元に生まれた。
しかし、少年はその容姿から両親に疎まれて育てられてきた。
少年は物心つく頃から両親に『悪魔』と疎まれていたが、ある程度の教育や食事は与えられ自身が不幸だとはこれっぽちも思わなかった。
そして、彼には名前が無い。自分を形容する『名前』がない。そのことを知ったのは随分後になってからだったが、両親が名前を付けることを嫌がったからだという。
他にも、少年は両親から外出が許されていなかった。しかし、毎週日曜日になると鳴深町唯一の教会で行われるミサに連れ出される。それが、普段は絶対に家から出したがらない両親が唯一許す外出であった。
その教会で行われるのは悪魔祓いの儀式という名の暴力。少年はいつもその時間をただ静かに耐えてミサが終わるのを待つしかない。
朝早くから始まったミサが終わりに近づいた時、扉の外から男達の話声が聞こえて来た。
「本当にここであってるのか?」
「間違いない。この町にある教会はここだけやで」
「ったく、なんで俺らが悪魔探しなんてしなきゃいけねーんだ?」
「仕事や、し・ご・と。さっさとホンマもんの悪魔か確認したらええやろ」
「わかったよ。ったく、失礼しまーす」
礼拝堂内が静まりかえるなか、その声はやけに響いて聞こえた。
バン!と乱暴な音を立てて礼拝堂に入ってきたのは二人。一人は藍色の髪と蒼い瞳の青年、一人は赤茶の髪と緑の瞳の青年だった。
「で?その悪魔ってのはどいつだ?」
藍色の髪の青年が礼拝堂を見回しながら少年がいる中央へ向かってゆっくり進んでくる。
「もう、
赤茶の髪の青年がもう一人の青年、桜賀の後を追いながらあきれた様な声で文句を垂れる。そうして中央付近までやってきた二人は、中央にうずくまる紅い髪の少年に気が付いた。
「お、こいつか」
桜賀は目的の人物である少年に近づいてきた。桜賀の後ろからついてきた関西弁の青年は少年をまじまじと見つめ「なんや、普通の子やん」と呟く。
その呟きに少年は目を見開き呆然とした表情で傍までやってきた二人を見上げた。その様子をみて、関西弁の青年は少年と目を合わせるようにしゃがみ込んだ。
「はじめまして。俺は、
ニコリと人好きのする笑顔で少年に話しかけてきた日向。そんなことをする人は初めてで、少年は戸惑いながら頷いた。
「君たちは一体何のつもりだ!?神聖なミサの最中に入ってくるなんて!!」
二人の登場に呆然としていた神父はようやく我に返って、叫んだ。ミサの参加者たちも、神父に賛同する声を上げる。
「何のつもりも、悪魔の噂をきいてを探しに来ただけや」
少年に笑いかけていた日向はスッと立ち上がり神父を見た。ヘラヘラした態度と裏腹に真剣な顔つきをしていた。
「そうそう。それに神聖もクソもねぇ。こんなガキに暴力ふるってる時点でな」
先ほどまで日向の傍で成り行きを見守っていた桜賀も怖い顔で神父を睨みつけていた。二人は少年に真新しい怪我がいくつもある事に気がついていたのだ。少年は混乱の中にいたが、いつの間にか二人の背中に守られるように庇われている事に気が付いた。
「…なんで?」
それは少年がこの礼拝堂で初めて発した言葉だった。見ず知らずの子供を庇う人間は少年にとって未知の存在だった。
「ん?どないしたん?」
少年の呟きが聞こえたのか、日向が振り返る。日向の緑の瞳が優しく細められ口元は笑みさえ浮かんでいる。
「どうして、おれを…」
その先は、言葉にならなかった。ドン!という音が礼拝堂に響き渡ったのだ。
「っと。まずいで桜賀。敵襲や」
何故かそんなことを言い出した日向の言葉に桜賀は素早く反応した。向き合っていた神父に背を向け、少年をわきに抱えてしまったのだ。
「とりあえず、逃げるぞ」
少年は何が起こっているのかわからなかったが、二人は当然のように
一方、教会から逃げだした日向は鳴深町の道を迷うことなく走っていた。その後ろを桜賀と小脇に抱えられた少年が続く。
「日向、敵の位置は?」
「大丈夫やで。ちゃんと鉢合わせん道を選んで走っとるから」
どれくらい走ったか、人気の少ない高架下にある公園に二人は駆け込んだ。
「はぁ、はぁ…。とりあえず、巻いたで」
何から逃げていたのか、どうして自分を連れて出したのか少年にはわからない事ばかりだった。先導していた日向は疲れたといって公園のベンチに座り、荒い息を吐いている。
「っと悪い」
桜賀に抱えられたままだった少年は優しく地面に降ろされる。桜賀は日向とは正反対で、少年を抱えて走ったにもかかわらず息一つ乱していなかった。
「……あの、その……え…っと」
少年は聞きたいことはたくさんあったが言葉にならないまま二人を交互に見つめる。
「あー。まあ、色々聞きたい事はお互いにあるだろうが…」
桜賀は頭を掻きむしりながら何とも言いにくそうに口を開くが、うまい言葉が見つからないのか「あー」やら「えー」やら口籠ってしまう。
「とりあえず、君の名前教えて欲しいわ~」
そこに復活した日向が割り込んで少年に話しかけた。
「おい!」
桜賀は日向に割り込むなといわんばかりに抗議の声を上げるが日向が自分に任せとけとたしなめる。口が悪い自覚のある桜賀は、日向に任せれば問題はないと思いなおし日向に諸々のことを丸投げすることにした。
「で、名前教えてくれる?」
「な…まえ……?」
「そう、名前」
「……」
そのまま黙り込んでしまった少年の姿に日向と桜賀は顔を見合わせた。
「もしかして、わからねぇのか?」
「…みんなはオレのこと悪魔とか紅いのって呼ぶから…」
その言葉に二人は顔をしかめた。小柄とはいえ十代には届いているだろう少年に名前がない。それはつまり…。
「でも…」
ふと、思い出したように少年は呟く。
「…昔、一人だけ…」
「一人だけ?どうしたん?」
「名前が無いのは不便だからって呼ばれてた名前が…」
日向の問いの答えではないが、名前と呼べるものが昔あったらしい。桜賀は少年の前に膝をつき、視線を合わせた。
「それ、教えてくれるか?」
少年は戸惑うように桜賀の視線から逃れるように顔を背け、着古したシャツの裾を握って放してを数度繰り返した。何度も目の前の桜賀を盗み見て、意を決したように口を開いた。
「………まつき。
「そうか、真月だな。俺らもお前のこと真月って呼ばせてもらうが…いいか?」
ようやく出て来た、名前らしい名前を呼ぶ許可を桜賀は求めた。
「…うん」
「…俺は伊口桜賀。桜賀と呼んでくれ、真月」
桜賀はクシャリと真月の頭を撫でた。
「俺はさっきもゆうたけど、葵日向。日向でかまへんで、真月君」
「おうが……、ひなた……」
真月は教えられた名前を刻み込むように繰り返す。
その様子を、二人は優しく見守っていた。
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