第26話 2020年5月18日 セルインメイ
Sell In May(セルインメイ)という株の有名な格言がある。
アメリカの株式市場で生まれた格言で、5月から株相場の値下がりが始まり9月後半から持ち直すという意味だ。
アメリカ株式市場の格言であれば日本の株式市場には関係ないと思うかもしれない。
だが、日本の株式市場はアメリカの株式市場に相関して動くことが多い為に注意が必要で、俺は日本の市場と同じくらいにアメリカ市場の値動きを気にしていた。
セルインメイについて調べてみると、なるほどと思う説明をしているサイトを見つけた。
アメリカの税金の還付が5月まであるとか、年末の信用買いの決済売りが集中するからだとかもっともらしいことを記載している。
反面、別のサイトではアノマリーと言われる
普段の俺なら一笑に付すレベルの話だったが、今は違った。
真剣にこの格言を信じていた。
いや、信じたかった、信じるしかなかったという方が正しかったかもしれない。
いずれにせよここ数週間の俺は、決済の出来なくなった大量の
幸いなことにここ2、3日は日経平均株価が20,000円を下回る瞬間が何度かあった。
俺は自分のファンダメンタル分析+テクニカル分析通りに値動きする可能性が高くなってきたと自信を深めつつあった。
現時点の俺の分析は以下の通りだ。
ファンダメンタルは最悪、これは誰一人異論がないところだろう。
緊急事態宣言が発令され当初の予定期限を過ぎてもずるずると延長されている。
外出自粛なのだから経済が上向くこともない。
この状況で
次にテクニカル分析だが現時点で俺が抵抗線になっていると考える日経平均株価の75日移動平均は20,528円となっている。
これは先日の移動平均と比較しても300円程下落しており、長期スパンでは経済が下向きであることを示していた。
5日移動平均線と25日移動平均線は上向きだったが75日移動平均線に弾き返される、それが俺の読みだった。
一週間程前に20,500円を一瞬超えたときには肝を冷やしたが、ここ数日は下げている。
つまり俺の分析通りだ。
17時半になると俺は早々に業務終了の連絡を上司にメールで入れ、焼酎を飲み始めた。
飲み始めるにはやや早い気もしたが特にやることもなく、また食事も胃痛からほとんど受け付けない為、仕事が終わると直ぐにアルコールを飲み始める生活となっていた。
最初は発泡酒だったが酔っ払うためにはそれなりに本数を飲まねばならないので、買いに行く手間とお金の節約を考えて焼酎に変えたのだ。
お湯をグラスに入れ、その上から焼酎を注ぐ。
それを口に運ぶだけで、言いようのない恐怖が少し緩和された。
本日二杯目の焼酎を作っていたところ、久々に俺のスマホに着信があった。
妻の美奈だ。
緊張しつつ唾を飲み込み、一呼吸おいて受話ボタンを押した。
すると画面には息子の茂が現れた。
「パパ、おしごとしてゆの?」
無邪気に笑いながら問いかけてくる。
俺は焼酎の入ったグラスを画面の外に追いやって答える。
「パパのお仕事はさっき終わったよ。
茂はなにしてた?」
「ばあばあにほんよんでもらってたよ。
いよんにおかいものいったの。」
「そっか。
何か買ってもらったか?」
「チョコかってもらった。」
「そっかー、よかったなー。」
そんな久々の親子のコミュニケーションをしばらく取っていると美奈が画面に現れた。
「元気にしてる?
ちゃんと食べてる?」
言葉こそ素っ気ないが、その口調には優しさや思いやり、様々な感情を感じる。
「うん、大丈夫。
元気にやってるよ。」
俺は安心させる為に嘘をついた。
美奈に嘘をつくのは何度目だろうか。
「それならいいけど。
あまり思いつめないでね。」
美奈は少し目を
「うん、わかってる。」
俺は後ろめたさから手短に答える。
「……もうすぐ、帰るからね。
一ヶ月、待てばいいんだよね?」
美奈は何かを確認するように言った。
俺は最初、なにを美奈が言っているのかわからなかった。
一ヶ月? 何が?
過去の記憶を
……
思い出した!
美奈は俺がとっさについた嘘を信じているのだ。
保証金が一ヶ月経てば戻ってくると。
そして、それが戻ったら帰ってくるつもりなのだ。
俺は変な間を空けてしまったと思いながら返答する。
「もちろん。
戻ってきたらすぐ連絡するから。」
今はまだ保証金を証券口座から引き出せる状況に無いが、5月はあと二週間程ある。
きっと、それまでには株価も適正水準まで戻って決済取引ができる。
そうすれば俺達家族はやり直せるだろう。
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