第11話 2020年4月20日 グランビルの法則①

あれから日経平均株価は完全な膠着こうちゃく状態になっていた。

株価が20,000円にせまる度にCFDを1枚ずつ売っていたが、中々19,000円の壁は突破できず売りぎょくの枚数だけが増えていった。

一つだけいいことがあったとすれば、直近の高値付近でしか売らなくなったのでCFDの平均売却単価が上がったことくらいだろうか。

平均売却単価は18,800円になっていた。

ただ、枚数が52枚にまで増えてしまったことから瞬間的な含み損は450万円を超えることもあった。


今からこの建玉たてぎょくを精算しても大きなマイナスになることは確実で、最早もはや負けることは許されない状況になっていた。

俺はいろいろなアナリストの平均株価予想をネットで検索し、一喜一憂するという有様だった。


4月20日の月曜日、俺は久しぶりに会社へ出社した。

自宅作業の効率化の為に会社にセカンドモニターを取りに行ったのだ。

というのは建前で、実際は株価を仕事中も常にチェックするためのモニタが必要だったのだ。

スマホで頻繁ひんぱんに株価をチェックしていたが効率が悪い為、仕事用のノートPCをマルチモニターにして片側で常に株価チャートを表示させようという目論見もくろみだ。


会社は緊急事態宣言中ということもあり人影はまばらだったが、オフィスに旧知の顔を発見した。

俺は株取引にドップリかっているいる後ろめたさから誰とも会わずにモニターだけを自宅向けに発送してさっさと帰ろうと思っていたが、向こうから話しかけてきた。


「春雄、久しぶりじゃん!

 元気してた?」


同期の石橋 順子が話しかけてきた。

別のフロアの課に所属する女性エンジニアで、俺とは入社した時からの古い付き合いだ。

淡い黄色のブラウスに微かに青みが入ったスキニーのデニムを穿いている。

普段の格好からするとかなりラフに感じるが、服装にうるさい上司が自宅勤務なのだろう。

これが本来の格好なのだと理解した。

トレードマークのパーマをあてたショートヘアはサロンに行けてないのだろう。

髪の毛が少し伸びパーマがゆるくなっているようだ。


順子は女性にしては長身でスラっとしており顔も端正なことから、入社した頃はモテまくっていた。

結婚は俺より早く関連会社の課長としていたが二、三年前には別れたと聞いている。


「ああ、まあな。」

俺はさっさと会話を終わらせて帰りたい気持ちから、素っ気ない返事をした。


「なんなの!

 久々に会ったのにその態度。

 あ、さては!!」


「さては何だよ?」

俺は返答に失敗したと後悔しつつ聞き返した。


「この間の暴落でこっぴどくやられたんでしょ!」

順子はニヤニヤしながら鎌をかけるような言い方をしてくる。


「そんなことないさ。

 これでもサーキットブレーカーが発動した日はインバースで100万もうけたんだぜ。」

俺はその後に大量の含み損を出したことは隠して言い返した。

そして、言い返すと同時に順子がかなり以前から株の信用取引をしていたことを思い出した。


「へー、サーキットブレーカーとか難しい言葉知ってるじゃん。

 そもそも、あれってダウでしょ?

 日本株しかやらない春雄も興味持ってたんだ。」

少し驚いた、みたいな顔で順子は言った。


「まあな。

 ところで順子、この後昼飯一緒に食わないか?

 ちょっと聞きたいこともあるし。」

早く帰りたいと思っていたが、順子からこの窮地きゅうちを脱するヒントが得られるかも知れない。

気持ちを切り替え、だが含み損のことは知られないように、あくまで同期の友達の仮面をかぶって誘った。


「あら、春雄から誘ってくれるなんて珍しいね。

 いいよ。

 じゃあ、12時に1階のロビー待ち合わせね。」

順子は俺の気持ちを知ってか知らずかこころよく応じた。


俺は順子のこういう友達思いというか、男友達と同じ雰囲気で付き合える良さを改めて認識した。

入社したばかりの頃、毎週のように順子と飲みに行って、いつの間にか好きになって、でも友達としての順子を失うのが怖くて心を押し込めた昔を思い出した。

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