第8話 2020年4月3日 ファンダメンタル分析

株の値動きの分析方法として大きく二つの考え方がある。

ファンダメンタル分析とテクニカル分析だ。

ファンダメンタル分析とは主として企業の業績を見て、業績に対して高い、安いを判断し売り買いするやり方だ。

理屈としては真っ当だし、俺はこのファンダメンタル分析を得意としていた。

というか、テクニカル分析を理解できなかったといった方がいいかもしれない。

業績に関係なく株価チャートの形だけを見て売り買いするテクニカル分析など、まともではないと思っていた。


そんなわけで日本経済全体のファンダメンタルを考えると落ちるしかないというのが俺の見立てだった。

経済は急なテレワークへのシフトで無理が生じていたし、飲食業や観光業に至っては悲惨というしかない状況だった。

こんな状況で以前のように株価が23,000円に戻るなどあり得ない話だった。

リーマンショックの時の経験も俺の判断を後押しした。

リーマンショックでは日経平均株価が7,000円を切った。

今回はスタートの株価が違うものの10,000円を切ることは間違い無いだろう、と。


俺は仕事中もスマホをこまめにチェックし、ちょっと値段が上がる度にCFDを売り続けた。

昨日までに断続的に売り続けたCFDは金曜日の昼間には約30万円の含み益をもたらしていた。


一ヶ月足らずの間に今までに経験したことのない利益を叩き出して、俺は絶頂状態にあった。

実際に手元に引き出したお金はないが、証券口座の中で増え続ける金を見て俺は段々と気が大きくなっていた。

妻の美奈の誕生日だった今日、病気の感染は少し怖かったが、俺はここぞとばかりに贅沢をしようと美奈とディナーに行くことにした。


レストランは銀座の以前から行ってみたかったフレンチを予約した。

2日前に電話をしたのだがこのご時世に外で食事をする人は激減しているようで、難なく予約をすることができた。


俺は久しぶりにダークネイビー地のピンストライプのスーツを着ることにした。

やや細身のスーツで5年ほど前にアパレルメーカーのセールで気に入って買ったものだ。

パンツには問題なく足が通ったのだが、昨今の連日のテレワークのせいかウエストが若干きつくなっている。

これくらいは許容範囲とばかりに余った肉をベルトの下に押し込んでジャケットを羽織った。

ジャケットの胸ポケットにポケットチーフを挿し入れ、黄色いネクタイを締め、天然パーマ気味の髪の毛をワックスでまとめて準備を完了した。


「あら、どこのイケメンかと思ったわ。

 たまにテレビで見る俳優にちょっと似てるかも?」


冗談交じりに美奈が話しかけてくる。

どうやら美奈も準備が整ったようだ。

ベージュのスーツにセミロングのストレートの髪の毛をきれいに下ろしていた。

一見ビジネス風の格好にも見えなくはなかったが、首元の黄色がかったスカーフがそうではないことを主張していた。

息子の茂は既に美奈の義母ははに預けていたので、久々に手をつなぎ銀座のレストランへ向かった。



「お誕生日おめでとう!」

シャンパングラスを軽く合わせ、妻を祝福する。


「ありがとう。

 もう、おめでとうって歳でもないけどね。」


「まだまだ若いよ。

 職場でもモテるだろ?」


「そうかしら?

 ハルには何歳にみえる?」

妻はまんざらでもない様子で言う。


「そうだなー、35歳くらいには見えるよ!」

俺は冗談まじりに言った。


そうしたら妻はふくれっ面をしておしぼりを俺の顔目がけて投げてきた。

「ひどい、一歳しか違わないじゃない!

 それに昨日までは35歳だったし。」


そんな他愛のない話をしていると前菜が運ばれてきた。

キッシュと白身魚のカルパッチョと鴨肉のロースト。

銀座のレストランらしい洗練された盛り付けだ。


食事をしつついろいろな話をする。

出会ったばかりの頃のこと、子供のこと、親のこと。

食事とお酒は進み、気付けばメインディッシュのフォアグラを載せたフィレステーキが運ばれてきた。

それに合わせてグラスにはボディの強い赤ワインが注がれる。

会話は自然とお金の話になった。


「日本はこれから不況になるって話だけど、ハルの会社は大丈夫なの?

 私は次の契約更新、危ないかも。」

妊娠すると同時に会社を辞め、子供が1歳になると同時に派遣社員として仕事を再開した妻がそんなことを言い出した。


「まあ、大きい会社だからクビにはならないと思うけどね。

 ボーナスの減額は覚悟しないとダメかも。」


「やっぱりそうだよねー。

 でもハル、株の方は調子良さそうじゃない。」


「まあね。

 今日も実は30万近く儲けている。」

普段なら絶対にそんなことはしないのだが酒が回り始めたのと連戦連勝で資産が増えていることに気を良くしていたこともあり、スマホで証券口座の画面を見せた。


「なにこれ!

 すごいじゃない!!」

妻が目を輝かせる。

そして、こんなことを言った。

「この調子で儲け続けられるといいよねー。

 家のローンもさっさと払っちゃってさ。」


それを聞いて俺は

「そうだよねー。」

と応じつつ、こういうのって死亡フラグって言うのかな?と一瞬脳裏のうりに浮かんだ考えを打ち消そうとした。

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