第4話 2020年3月19日 Contract For Difference(差金決済取引)

信用口座の開設手続きはあっさりと終わり、あとは取引を開始するだけの状態となっていた。

初めての株式取引の時、既に10年以上前だが、も緊張したが信用取引を開始するのはそれ以上の緊張がある。

何せ信用取引で大損をしたという話はよく聞くし、こんなことわざもあるくらいだ。


『買いは家まで、売りは命まで』


買いというのは株の現物げんぶつ、例えばトヨタとかソニーの株券を買うことを指す。

この買いで失敗すると最悪家を失うことがある。

これに対して売りというのは持たない株を借りて売ることを指す。

もちろん売るのは買いと同様にトヨタとかソニーの株券だ。


ただ、一つ決定的な違いがある。

例えばトヨタの株券を7,000円で100株買って値下がりしたとする。

この時、買いの最大損失は株券が0円になることなので70万円になる。

ところが7,000円で100株売って値上がりした場合の損失はどうなるだろう?

値上がりする場合は単純に倍の14,000円になったら、そこから上がらないということはない。

理論上の損失は無限大なのだ。

それが『売りは命まで』という格言につながっている。


もう少し具体的な例を出そう。

2019年に最も上昇した株「ホープ」は最安値に対して13倍以上の値上がりを見せた。

つまり、最も値段の安い時に100万円分の空売りをてる(信用取引は売りも買いも’建てる’という)と最高値さいたかね時点では1,300万円以上の損失が発生するのだ。


ただ、こんなことはレアケースだし、俺は資産がわずか一ヶ月足らずで200万円以上増加したことで株に対する恐怖心が麻痺まひしつつあった。

いわゆる気が大きくなるって奴だ。

勢いに乗っていた俺はテレワークをする片手間にCFD、日本語で言うと差金決済取引さきんけっさいとりひきに手を出した。


差金決済取引とは株の現物とはちょっとやり方が違う。

株だと通常、株券にもよるが取引価格×100株分の資金が購入時に必要となる。

例えば7,000円のトヨタ株なら70万円だ。

それに対して差金決済取引は保証金が必要なものの単純に売り建て、買い建てするだけで支払いは発生しない。

建玉たてぎょく、つまり信用売り/信用買いのポジションを決済取引した時に初めて精算されるのだ。


差金決済取引では主に日経平均とかマザーズの先物指数が使われる。

例えば日経平均先物指数が20,000円の時にレバレッジが100倍のCFDで1枚売り立てたとする。

この売り建てた時点では何も起きない。

だが、この売り建てた後に日経平均先物指数が19,000円に値下がりしたとする。

そうすると何が起きるか?

なんと、1円も支払っていないのに10万円の含み益が発生するのだ。

計算式はこうだ。

 (20,000−19,000)×100=100,000


俺は簡単な昼食を済ませて、午後に初めてCFDで信用取引を開始した。

もちろん売りで。

秒単位で変わる日経平均の値段を見ながら、あたかもスロットマシンの絵柄を目押して止めるように、17,000円台に突入した瞬間、成り行きで1枚を売り建てた。


しばらく仕事に戻り1時間ちょっと経過した頃、俺はスマホで自分の建玉を見た。

驚いたことに、これだけの短時間で4万円の含み益が発生していた。

俺は興奮を抑えられず、決済取引ボタンを震える指で押した。

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