第37話〜〝Spica〟〜

 

 スピカは表情を少し緩ませ、話を続けた。



「ほんで昨日、ようやく実戦ちゅう事で、星光団と対決した。その時、そこにおるイケメンをネコじちにしようとしたんやけど、イケメンに返り討ちにされてもうた。それをライムさんに見られてもうて、ウチは軍を解雇されてもうた」


「イケメンじゃねえよ、ゴマだ。……ニャンバラ軍クビにされたんは、ボクのせいだって言いてえのか? ボクは悪くねえかんな」


「こら兄ちゃん!」



 スピカはボクの方をジッと見て少し黙り込んだが、また向き直り話の続きをする。



「……何でこんな事になったか言うたら……。ライムさんが築いた首都ニャンバラが出来てから、ネコ人口が増えすぎて、水や植物、食料とかの資源が、あっという間にすくのうなってしもうてん。やし、地底世界の他所よその国から資源を武力で奪うしかないというライム政権の方針で、ずっと戦争、戦争」



 ——地底世界に資源が足りなくなり、戦争が起きた。ムーンさんが前にチラッと言ってたことだな。あれはライムが地底に行ってからの事だったのか。

 いつ自分の住む場所を襲われ、失うか分からない。ニャンバラの住民は、そんな恐怖と毎日、戦ってやがったんだ。だからみんな、あんな曇った顔してやがったんだ。



「スピカ……お前も大変だったんだな」



 思わずボクは口にした。



「うん……、ほんま生きた心地せんかったよ。……そんでや。戦争はやめて、ニャンバラのネコ族は地上世界に移住してはどうかっちゅう考えが出てきた」


「なるほどな。その方がアホ臭え争いなんかしてるよりはずっといいもんな」


「せやけど地上は色んな生物がいるし地底以上に危ない。それにニンゲンに飼い慣らされるのはネコ族の退化やという考えから、地上にいるとニンゲンと関わる事になりかねへんちゅう事で、反対の声が多かった」


「ニンゲンって、マサシ兄ちゃんのこと? ニンゲンさんと話すの、何でダメなの? 楽しいのに」



 今度はチップが、質問を投げかける。

 プレアデスの奴も、ニンゲンに飼われるのは未熟なネコだとか言ってたな。ニャンバラの奴らは、ニンゲンがキライなのか?



「何や、あんたらニンゲンと話した事あるんか?」


「あるよ! でももうマサシ兄ちゃん、帰っちゃったけどね」


「へぇー、そのニンゲン、一体どうやってこの世界来たんやろ……? まあその話は今は置いとこ」



 スピカは椅子に座り直し、右手でクシクシと顔を掻いた。



「ウチらニャンバリアンは、ニンゲンから独立してニンゲン以上の文明社会を築き上げたんや。今更またニンゲンに飼われるのは嫌やって思うネコが多いんよ。ウチは別にそうは思わへんけど」


「ニンゲンさんとも仲良くしたらいいのに。ほら、ネコさんと僕らネズミだってこうして仲良く話せるのに。ね、ゴマくん!」



 チップはそう言ってボクの肩をポンと叩いてニコッと笑顔を見せた。ボクは色々とツッコミたくなったが、面倒なのでやめておいた。



「あはは、そう出来るならそうしたいわ……。……話を続けるで? そんな中ある時、プルートっちゅう科学者が、極秘裏に地上を訪れたんや。そしたらたまたま森の中に、結界に包まれた世界……ここ、ネズミ族の世界を発見した。プルートが帰ってきてからは、地上にネズミたちが暮らす楽園があるっちゅう噂話が一部のニャンバラのネコの間に広まった」



 これも、前に聞いた話だ。プルートのジジイが最初にネズミの世界を発見して、それをプレアデスの奴が確かめに行ったんだったな。その間ボクとルナはジメジメした地下室で待たされながら。



「その話を知ったライムさんは、すぐにネズミの世界を何とかして乗っ取られへんものか、と考えはったんや。同じ頃、地上世界からこのイケメンとおチビが、ニャンバラに迷い込んで来たと、シリウスっちゅう警察官から連絡が入った」


「ゴマだ。いい加減名前を覚えろ」


「ルナだよ。誰がおチビだ! むぅー」


プレアデスっちゅう子は、ゴマくんとルナくんをと発案したんや。プルートはそれまでに、結界を通り抜けられる上にネズミと同じサイズになれるトンネル〝ワームホール〟を開発した。プレアデスはゴマくんルナくんと一緒に〝ワームホール〟を通ってネズミ族の世界に行って、3匹で情報を持って帰る……はずやったんや」



 やっぱり、プレアデスの奴はボクらを騙してやがったんだ。今になってハラワタが煮えくり返ってくる。



「せやけど、プレアデスがネズミの街で迷子になってしもうて、そのまま軍をクビになった。ゴマくんルナくんはプレアデスと連絡取れへんくなって、大変やったやろな」


「ああ、森の中彷徨さまよったり何日も飲まず食わずで洞穴にいたり。でもチップたちと出会えたおかげで助かったんだ。なあ、ルナ」


「……ほんと、ネズミの皆さん、ありがとうね」



 プレアデス、あいつ迷子になってクビって、ただのアホでマヌケなだけじゃねえか。あのネズミの被り物の完成度といい、結構いい加減な奴だなとは思ってたが。



「プルートもプルートでヘマをやらかして……、〝ワームホール〟を、そのまま放ったらかしにしてしもうたんよね。そのせいで、〝ワームホール〟が星光団に見つかってしもた」


「あのジジイも、マヌケだな」


「ライムさん率いるニャンバラ軍が出動してネズミ族の街を襲う前には……既に星光団も〝ワームホール〟を通って、ネズミ族の世界に来とったんや。そのおかげで、街に大きな被害が出んで済んだんやわ」



 ムーンさんは、うなずきながらスピカの後に言葉を続けた。



「運良く、その〝ワームホール〟が置き去りにされていたおかげで、私たちもゴマとルナと合流する事が出来ましたし、先に来ていたソールたちのおかげで、ニャンバラ偵察部隊による街の被害の拡大を抑える事が出来ました」



 ムーンさんは星光団のメンバーとして、ニャンバラに出入りして調査してたって言うんだから、スピカが話してる事も大体知っているのだろう。

 スピカは少し俯いて、話を再開する。



「ライムさんと他のメンツは、撤退してニャンバラに帰ったはずや。〝ワームホール〟も持って帰られてしもうたから、今度は大軍を連れて〝ワームホール〟を通って、ここネズミ族の世界へと攻め寄せて来ると思う。でも、やっぱりウチは……」



 スピカは目を瞑り、少し間を置く。息をフーッと吐いてから、口を開く。



「ウチはやっぱり、ニャンバラ軍のやり方はおかしいと思うねん。ネズミさん何も悪くないやん? ……正直もう、ウチはニャンバラに帰りとうない。ウチだけずるいかも知れんけど、ウチはここであんたらネズミさんたちと暮らしたい……」



 ——数秒の間ののち、ネズミの母ちゃんがニコッと笑顔を見せて答えた。



「いいわ、一緒に生活しましょ。明日はたくさん薪を用意するから一緒に手伝ってくれたら助かるわ」



 ネズミの父ちゃん、じいちゃん、ばあちゃんも、頷きながらスピカに微笑みかけた。

 涙を浮かべるスピカ。



「……ホンマ、おおきに……」


「薪割り、楽しいよ。一緒にやろうよ」



 チップもそう言ってスピカに笑いかけると、スピカも表情を緩ませ、顔を上げた。



「おおきに……みんな、優しいなあ。……でもさっき言うた通り、すぐにニャンバラ軍はまた〝ワームホール〟から、何百もの大軍で攻め寄せてくると思う。どないしよ……」



 それを聞いたネズミのじいちゃんは、腕を組む。



「うーん、ワシらネズミ族は〝軍〟というものを持たない。どうすれば……」



 昨日は〝サターン〟5匹、スピカたち〝ギャラクシー〟3匹、そしてライム、合わせてたった9匹で、ネズミの街をボロボロにブチ壊しやがった。それが今度は大軍で攻めてくるとなると、一体どうなっちまうんだ……。

 だがムーンさんは、目をしっかりと見開き、言い放つ。



「私たち、星光団にお任せください。心配はいりません、必ず侵攻を阻止してみせます。……しばらく、スピカさんも一緒にネズミ族の世界の暮らしを体験しましょう。みなさん、お世話になります」



 ——そうだ。ボクももう星光団の一員だ。弱気になってちゃダメだ。必ず、ニャンバラの馬鹿野郎どもの企みを阻止しなきゃいけねえ。

 ボクら家族みんな、そしてスピカも、ネズミの家族に深々と頭を下げた。

 


「……長々と話聞いてくれて、ほんまおおきに」


「うん。スピカちゃん、もう大丈夫だよ。ゆっくりここで、心の傷を癒してね」


「ネコさんのみんな、改めてよろしくね! 」



 ——こうして敵だったスピカは、ボクらに全てを打ち明け、仲間になってくれた。

 ま、ここまで話してくれたんなら、許してやるか。


 要するにスピカは、ニャンバラの馬鹿野郎どものやり方に、ずっと疑問を抱いてやがったんだ。恩人の命令だったとしても、自分の良心に逆らう事は、やっちゃいけねえよな。


 その日の晩は、ネズミたちの作ってくれたスペシャルメニューをみんなで腹いっぱい食って、ぐっすりと眠った。

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