第10話〜アヤシイ研究者〜

 

「さ、ゴマくんルナくん。中に入って」

「お、おう……」


 プレアデスに連れられ訪れた、山奥に佇むドーム形の建物。そこはまさしく、秘密基地って感じのとこだった。

 自動で開く、ガラスで出来た扉をくぐると、真っ暗な天井の下に、そこらじゅう訳の分からねえ機械とか乗り物がいくつもあるのが目に入った。


 しばらく待っていると、奥にある自動扉から何者かがゆっくりと向かって来る。

 そいつはチビで背中の曲がった、毛もボサボサで目線も定まってねえ、白一色のダボダボの服を着た、ジジイのネコだった。


「どぅ~もぅ、初めましてぇ? 私はぁニャンバラぁ宇宙科学研究所研究員のぅ【プルート】ですぅ。あなぁた方がぁ噂の地上民のぅ方ですねぇ? 長ぁ~い道のりぃご苦労様でしたぁ?」


 このジジイ……正気なのか?

 言葉のアクセントが変な所にあって、妙な気持ち悪さを感じた。ボクは思わず毛を逆立ててしまった。

 ルナは体を震わせながら、ボクの後ろに隠れていた。

 怪しいジジイ——プルートは薄ら笑いを浮かべながら、ジリジリと少しずつボクらの方へ歩み寄ってくる。


「ボ……ボクはゴマだ。ボクの後ろにいる奴は、弟分のルナだ。……おい、ルナ、隠れてねえで挨拶しやがれ」

「ひ、ひぃいいいっ!」


 ルナの奴は、すっかりビビッちまっていた。無理もねえ。プルートのジジイは、下顎を突き出しながらこっちを見下すような視線を投げかけつつ、カクカクと顔を動かしてやがる。本能的に拒否反応が出るほどの、絶妙な気持ち悪さだ。


 だがプレアデスの奴は、平然とジジイに近付いていく。


「プルート、遅くなってごめんね。少し休んでから、出発でいいかい?」

「はいぃい、プレアデスもお疲れ様でしたああ。お部屋へぇ? 案内いたしますぅ。グッフフフゥウ?」


 こういう奴との付き合いに慣れてるんだろうか。ボクならこんなジジイとは1日たりとも一緒にいたくねえ。ていうか、早く帰りてえぞ。


 仕方なく、ボクらはプルートのジジイについて行った。

 ヒンヤリとした空気の中、真っ直ぐに続く廊下を通って行く。間接照明みたいなのが廊下を照らしていたが、ぼんやり光っているだけで廊下全体は薄暗い。


「このお部屋でぇぇえすぅ? グフフ」


 案内された部屋は真っ暗で、辛うじて見えたのは大きなテーブルと、そのそばに並べられた5つのイス。そしてボロボロに欠けた床のタイル。

 訳の分からねえ虫がカサコソと音を立てて、そこかしこにうろついている。


「おいジジイ。明かりは無えのかよ。薄暗いしホコリ臭えし」

「あはぁ~? ここはぁ、誰にもぅ見つかってはぁいけぇない場所なのでぇーね。豆電球だけ点けまぁ〜す。クラァいですが、我慢してくだぁ~さいねぇ~?」


 プルートのジジイの喋り声を聞いていると、ギリギリと歯を食いしばっちまう。コイツと長く一緒にいたくねえぞ、マジで、


 ぼんやり光る、1つの豆電球だけが点けられた。そこら中にガラクタが放置されていて、お世辞にも居心地の良くねえ部屋だ。

 ボクらはテーブルのそばのイスに座らされた。

 全員が席に着いたところで、プルートは蚊の羽音のような声を発し始めた。


「ではぁ~? ワタシのマシン【パルサー】に乗ってぇ地上へ至るまぁでの安全についての、説明をぉ致しぃます。命ぃに関わるぅ事柄なぁので、各自ぃしっかり~ぃ、メモをぅ、取ってくださぁい?」

「おう、メモって何だ」

「僕、字なんて書けないよ」


 プレアデスはいつの間にか、テーブルの上に紙とペンを用意していた。


「僕がちゃんとメモしとくから。でも話は聞いててね、ゴマくん、ルナくん」


 プレアデスとルナは真剣にプルートのジジイの話を聞いてやがるが、やっぱりヘンな所にアクセントのある話し方にイライラして、ボクは話が全く頭に入って来なかった。それに、歩きっぱなしだったから、睡魔がじわじわとボクを襲ってきたんだ。


「……て、……のう~? それを着けながら……あはぁー、飛行中は~、……ら、ベルトをぉぅぅしっかぁーり? 着けてぇ~……そ」

「兄ちゃん! 何寝てるの!」


 ルナの声がしたと思った途端、顔面に激痛が走った。ルナの奴がヒゲを思い切り引っ張りやがったんだ。


「痛えなコラ! ちゃんと聞いてらあよ」

「兄ちゃん、いびきかいてたじゃん!」

「ゴマくん、命に関わることだから、しっかり聞いといてね」


 プレアデスも少し怒っているみてえだった。だが、そんなこと言われてもこのジジイ、モタモタと話しやがるし声も蚊の羽音みてえだし、聞く気が失せるんだよ。


 またも、うとうとしていたみてえだ。ジジイの説明は終わったようだ。当たり前だが、話の内容は全く頭に入ってねえ。


「それではぁ、今日はここでひと眠りしてぇ? それから出発しましょおう? プレアデスぅ、ゴマくんとルナくんをお部屋に案内してさしあげなさぁい?」


 次に案内された部屋は、やっぱり真っ暗だが、さっきの部屋よりも広々としているようだ。目を凝らしてみれば、ふかふかのクッションもある。

 ここも明かりは豆電球だ。プレアデスが明かりを点けると、部屋の広さはさっきのテーブルの部屋とそう変わらなかったことに気付いた。広々と感じたのは、ガラクタも無く、整理されているからだろう。隅々まで掃除もされていて、ホコリの匂いもねえ。

 水道もあるから、いつでも喉を潤せる。


「それじゃ、夜が明けたら出発するからね。おやすみ」

「夜が明けたらってつまり、ナントカサンとやらがまた光り出したら朝だってことだよな? たしか」

「“セントラル・サン”だよ。じゃあ、しっかり寝て疲れを取ってね」

「おう。また後でな」


 扉が閉められると、廊下に響くプレアデスの足音だけが聞こえた。

 

 ルナは大きなソファに横になるなり、すぐに寝っこけちまいやがった。

 ボクは窓を開け、夜空を見上げてみた。真っ黒に染まる空にたった1つだけ、ひときわ輝く星が見える。

 あれが、昼間はオレンジ色に煌々と輝いてた“セントラル・サン”のようだ。しばらく時間が経てば、また輝き出すってことか。

 しかし、この世界で夜が訪れてから、地下室を出発する前に1度ひと眠りしているはずなんだ。なのにその“セントラル・サン”とやらは、まだ一向に明るくなる気配が無い。この真っ黒な夜は、どれだけ続くんだろうか。

 色々と気になったが、疲れからか眠気が一気に襲ってきた——。



「……マくん! ゴマくん! 」


 ……グッスリ寝てるのに、起こしてくる奴がいる。

 ボクは伸びをして、体を起こした。


「……んああ、誰だ起こしやがるのは」

「ゴマくん! ああ、やっと起きた……。もう出発準備出来てるから。早く支度して」

「まったく兄ちゃんったら、ここに来てまで寝坊して」


 プレアデスと……ルナの声だ。

 舌打ちをしてから、体をグッと伸ばした。


「チッ……! うるせえな……。いつもはテメエの方が起きるの遅えくせに」


 そうだそうだ、これから地上に帰るんだった。

 この部屋のクッションがあまりにもフカフカで、地上に帰ることなんか忘れるくらい、爆睡しちまっていたみてえだ。


 ところが。

 外はまだ、真っ暗なままだったんだ。


「おいプレアデス! まだ夜は明けてじゃねえじゃねえか! どんだけ長えんだ、この世界の夜はよ!」


 プレアデスは、首を傾げていた。


「そうなんだよ。時間的にはとっくに夜明けは過ぎてるのに、まだ“セントラル・サン”が輝き始めない」

「……今までにも、そんな事はあったのか?」

「いや、こんな事は生まれて初めてだ。何だか嫌な予感がする……」

「ふん、大袈裟おおげさに言いやがって」

「とにかく、支度済んだら知らせてね。僕ら、プルートのマシンのところにいるから」


 ……もうこんな訳のわからねえ世界は、こりごりだ。

 ボクはさっさと魚の缶詰食って、顔を洗って毛づくろいを済ませ、建物の外に出た。


 すると、銀一色に塗装された楕円形の乗り物がライトアップされているのが、目に飛び込んできた。


「みなさん~? お揃いですかぁ~?」


 悪夢のような声に、思わず毛を逆立ててしまう。


「うん。プルート、マシンの調子は大丈夫?」

「はぁい、バッチグ~ですよぉ?」


 プルートのジジイが、ガニ股になって両腕でマルのマークを作る。全然可愛くねえ。

 いや、そんな事どうでもいい。この銀色のマシンに乗って、地上に行くというのか。しかし、一体どんなふうに地上へ行くのかが、全く想像出来ねえ。


「昨日説明した通りぃ、私が一度地上へ行った時に使ったマシン、“パルサー”で、皆さんを地上へ送り届けますぅ。私とプレアデスしか知らなぁい隠された地上への道……イーッヒッヒッヒぃ……」


 ジジイの説明からわざと意識を逸らしながら、プレアデスに話しかけた。


「なんだい?」

「……操縦もこのジジイがするのか?」


 ボクが最も不安だった事だ。

 だがプレアデスは、こくりと頷き「うん、そうだよ」と平然と言いやがった。


「……大丈夫なのか?」

「きっと大丈夫。ああ見えて、事故を起こした事は1度もないみたいだよ」


 信用できねえ。不安が拭えねえまま、ボクらは、“パルサー”とやらに乗り込んだ。

 中は、シートに座れば身動きが一切出来ねえほどの狭さだった。シートがフカフカなこただけが幸いだ。

 シートに座ると、プレアデスが“安全ベルト”とやらを引っ張り出し、ボクの体に巻き付けていきやがる。


「ジジイが乗り物を運転してる間、ずっとベルトでぐるぐる巻きにされるのか……。なるべく早く終わってくれよ」

「息が苦しい……」

「ルナくん、巻き過ぎ巻き過ぎ。……これくらいでいいから」


 ルナはちゃんとジジイの話を聞いてやがったからか、自分でベルトを巻いていた。ったく、よくあんな説明、聞く気になれたもんだ。


 全員が安全ベルトとやらを装着すると、ウィーンと音を立てて、自動的に扉が閉まっていく。


 機体が震えだし、まん丸い窓から見える地面が離れていく。

 “パルサー”は宙に浮いたようだ。

 同時に、機内の明かりが消える。建物の明かりも、全て消えていた。真っ暗闇だ。地上への穴の場所がバレちゃいけねえからだろうか。

 数分ほど飛行したであろう頃。プルートのジジイが口を開いた。


「さぁ~て皆さぁん? いまから“パルサー”はぁ、この茂みの奥にある秘密の入り口からぁ? 地上へ向かいますぅ。入り口からはぁ、まぁーっすぐ下方向へ穴が続いてるのでぇー、ひたすら“パルサー”はぁ空中を飛び続けますぅ。気分がぁ? 悪くなったらぁ、知らぁせてくださいねぇ」


 テメエの存在のせいで気分が悪りいと言おうとしたが、やめておいた。


「重力の中心はぁ地殻のど真ん中にありますう。なので、中間地点で、天と地が反転いたしますぅ〜。脳天をぉ? かき回される感覚になるので、気をつけてくださいねぇ~?」

「おいルナ、大丈夫か?」

「……頑張る」


 プルートのジジイは右腕を上げた。腕がプルプルと震えている。


「それではぁ~、あ、地上へと向かいますぅぅ~?」

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