終わりのその先に

神崎赤珊瑚

第1章

「全ては夢だった。

 壮大な戦役も、

 偉大な冒険も、

 心焦がす恋も、

 非業の死も、

 ただのつくりもの、ぼんやりとした幻でしかなかった。

 ――だとしたら、どうする?」

 角の生えた犬のぬいぐるみにしか見えない誘導精霊ナビゲータースピカが、どこか浮かされているような表情かおで笑う。

 今まで、長い旅をともにしてきたけれども、こんな薄気味悪い表情は初めてだった。


「君たちはよくやったよ。

 とてもとてもよく頑張ったよ。

 がこちらの世界レーヴに異世界召喚して、何もわからないところから手探りで、与えたチートスキルをちゃんと使いこなし、魔王どころか、おかわりの大魔王まできっちり鏖殺してくれて、すべて計画通りに一ミリも狂わず、全く予定通りに動いてくれた。感謝の念に耐えないねえ」


「どうしたんだスピカ。おまえ少しおかしいぞ」


 盾役タンク前田涼真まえだりょうまが、犬のぬいぐるみにしか見えない精霊に不安げに言う。彼は柔道部主将で、初めての異世界で浮つきがちなパーティを、落ち着いた語り口と人望でまとめあげたリーダー役だった。戦闘では、ユニークスキル『大胆な者はそうでない者に対して常に勝つ』を駆使し、敵の攻撃を一手に引き受け跳ね返す守護神として活躍した。


「これで帰れるんだよな、スピカ。元の世界に。ぼくの家に」


 高沢幸太郎こうざわこうたろう斥候兼射手スカウトアーチャーであった。サッカー部で足が速く、回避も高いので、いざという時の回避盾もこなせたが、うちは盾役りょーまが優秀なのでそっちでの出番はなかった。様々な飛び道具を駆使して死角から不意の一撃を入れるのが得意であったが、メンタルが意外に弱く何度もパーティから逃げ出した。ユニークスキル『彼はほっと安堵の顔を上げたときに打ちのめされる』は、魔王戦の最後の決定打となった。


「大丈夫なのか、こいつ」


 三笠みかさつかさは、強力な攻撃魔法の使い手で、火力担当ダメージディーラーだった。性格はわがままで高飛車で大変キツいが、常に冷静でハラが据わっており、状況を見誤ることはない。彼女のユニークスキル『閉じ込められた火こそ最も強く燃え盛る』は魔法のダメージを倍率で跳ね上げる文字通り反則チート級スキルで、無数の高耐久モンスターが押し寄せる魔王城以降は彼女がいなければ身動きすら取れなかった。


「……そっかー。そーゆーことにするんスね」


 パーティ最後の一人は、小貝川光こかいがわひかりは、一応は回復役ヒーラーであった。しかし、とにかく怠惰な性格で、自分の関与が不要な戦闘には参加すらせずに寝てしまう。どこででも寝られるのが特技であり、後に魔王城の謁見室の絨毯は最高だったと証言している。しかし、その本領は回復魔法ではなく、元の世界に居た頃から得意としている情報分析で、更に観察精度と思考速度を強化するユニークスキル『事実は存在せず存在するのは解釈のみ』を世界を渡ったときに得てからは、常に状況を完全に見通しており、パーティは最終戦まで一度も致命的な状況負けイベント戦闘に追い込まれたことはなかった。

 この四人が、最後まで残った地球出身者だった。ここに誘導精霊スピカを加えたのが、過酷な旅を半年も続けた魔王討伐パーティだ。


「人類を滅ぼそうとした大魔王は倒れた。倒した。

 さて、これからどうするか、だよねえ。

 あそこに転がってる大魔王の遺骸にはいりこんで、真・大魔王みたいなクリア後ボスになって遊んであげても良いんだけれども。

 僕と君たちとじゃ、戦いにならないよ。

 とてもとても、強さが違い過ぎて」

「ま、ホントのとこを言えば、大協約が結ばれて以降は、君たちにあんまりひどいことも出来なくなったんだ。これからこの世界はひしゃげて滅ぶけど、君たちは、その前に元の世界に返してあげよう」

「でも、ね。

 これがハッピーエンドだなんて絶対に勘違いさせないために。

 これは胸糞最悪のバッドエンドだと絶対に理解させるために」

「これから、君たちに、本当のことを教えるよ。聞きたくもない真実を」

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