サヨナラ、小さな罪

いいの すけこ

悪の牙のおはなし

 深い深い森がありました。

 昼も夜もなく、暗闇に覆われたその森には。

『悪の牙』と呼ばれる獣がおりました。


『災厄の爪』ともいわれるその存在は、人よりもはるかに大きな体躯の持ち主でした。

 頭上を覆う天蓋のような大樹の、天辺に届くほどの頭。

 体は黒い毛皮に覆われていて、手足は四つ足の獣に近い形。

 首周りを飾る堂々とした鬣は、光の具合で玉虫色に輝いて、美しい鳥の羽飾りのようにも見えます。

 けれど鬣にうずもれる顔は、やはり塗りつぶしたように真っ黒で、いったいどんな輪郭を描いているのかすらわかりません。

 両の目はただぽっかりと穴が開いているようにも見えれば、複雑な色をしているようにも見えますし。

 顔の半分はあろうかという口は、闇の中に突然浮かび上がるかのようにぱかりと開いて、そこにはぎらぎらと光る恐ろしい牙が並んでいます。

 これもまたぎらりと光る太い爪に獲物を引っ掛けると、その口に運んで牙を立ててばりばりと食べてしまうのです。

 

 黒い獣の獲物は森の動物であったり、人間であったりしました。 

 

 幾人も犠牲にしてきたその爪の、牙の、なんと罪深いことか。

 人々は人食いの獣を恐れ、憎み、大いなる悪として語り継ぐのでした。

 

 

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