乱離拡散【拾】
*
屋敷に戻った庄九郎は、政右衛門に奇妙丸からの命について話していた。
政右衛門は「また面倒なことに……」と肩を竦めつつ、どこか楽しそうでもあった。
「尾張や美濃近辺で、不審な動きをする者が勝蔵以外にいないか、調べてほしいのだが。できるか?」
「けっ。誰に向かって言ってんですか。俺ァあんたの家臣、何年やってると思ってるんですか。若が朝餉を食べ終える頃には終わらせられますよ」
政右衛門は部屋を出て行きかけて、ふと立ち止まった。
「そうそう――先程、荒尾のお爺様から、奥方様に宛てて文が届きましてね」
「お爺様が?」
「何でも、落ち武者狩りが出たらしいですよ。木田の近くの古いお社で、お侍が2人、惨殺されていたらしいです。
臓物が食み出るほど抉られて骨は半分砕かれ。歯はほとんどへし折られて舌も潰されてぐっちゃぐちゃ。何だったら顔面も踏みつぶされていたんで、素性も分からなくなっていたみたいです。
世の中、物騒ですからね。若も、お気を付けて」
刀を奪われたら名誉に関わるし、城仕えの者達は、重要な機密を抱えていることもある。野盗どもに軽々しく殺されるわけにはいかない。
「ただその遺体、妙なんですよね――」
「妙?」
「いや、普通落ち武者狩りっつったら、刀とか財布とか、金になるもんは奪われるでしょ」
しかし、刀や財布だけでなく、腰に結わえた芋茎の縄や干し桃、果ては衣に至るまで残されたままだったという。
政右衛門が出て行こうとしたので、庄九郎は慌てて引き留めた。
「政、柚乃をこれへ」
「柚乃を?」
「問いたいことがある。引きずってでも連れて来い」
政右衛門は軽い足取りで、柚乃がいるであろう於泉の部屋の方へ向かった。
(少し前、於泉は乞食に会ったと言っていたな)
寺への説法を聞きに、柚乃と一緒に出掛けた時である。
軽々しく名乗ったことで、恒興からはこっぴどく叱責されていた。しかも於泉は説教を受けた後、わざわざ乞食に会いに屋敷を抜け出したことで、庄九郎も背筋を正しそうなほど、恒興から怒られていた。
於泉の考えなしはいつものことだったので、誰も大して気に留めることはなかったが、その乞食の存在が今更ながら気になった。
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