第15話 影偽神

 そして俺の願いはさて置いて限定的な神と成った姿を見たシルヴィー女王は、今までにないほど表情を引きつらせていた。


「ははは……和弥よ。お前は種族と言う壁すら超えた者だったのか」


「まだ人ですよ。一応ね」


 ここは念を押しておく。まだ人間を辞めるつもりはないし、なんかよく他の種族からも誘われるけど寿命とかで死にかけるまでは人間でい続ける。

 その俺の言葉にシルヴィー女王は苦笑した。


「それだけの力を持ちながら人とぬかすか。だが和弥の本気は理解した。ワシももったいぶっていたら死にそうだのう」


「どうぞ、奥の手があるのなら待ちますよ」


「その余裕…癪に障るのう。言ったからには後悔する出ないぞ?」


 少し不機嫌そうに眉を吊り上げたシルヴィー女王は冷気を自身へと集め始めた。

 それを守るように生き残った氷の騎士は正面へと移動してこちらを牽制してくる。いくら手を出さないと言っても敵、警戒するのは当たり前だな。

 とか思っている間に詠唱が始まる。


『氷界に熱はない』


『時は凍り、心も凍る』


『されど我は凍らない』


『我は氷界の創造者!すべての氷と冷気を生み出し世界を創る者‼』


『氷の楽園アイス・エデン


 詠唱を重ねるごとに冷気は強まっていたが、最後の一節を唱え終えると冷気は弾けて氷の宮殿を中心にして氷の草花が咲き乱れる。更には蝶やウサギなど動物たちまで現れていた。

 まさに全てが氷で創られた楽園が目の前にあった。


 その神々しく美しい光景に少し羨ましく思ってしまう。

 なにせ俺の持つ力は冥鎧を始め全部が禍々しい感じの物しかないからな…こういう幻想的な光景を生み出せるのは本当に羨ましい。


「これがワシの世界だ美しいだろ?」


「えぇ…最高ですね。正直に言って嫉妬しそうですよ」


「ふふっ!ならよかった。では、本当に最後の戦いといこうか…」


『楽園は果てしなく、どこまでも』


「いきなりか!」


 軽く自慢だけするとシルヴィー女王はすぐに行動に移してきた。

 たった一節の詠唱に従って氷の草原は影を押しのけるように徐々に迫ってくる。


 まさか影すら飲み込むとは思わなかったけどな。


「でも、別に気にするほどでもない」


『神域は侵されない』


『守護せよ影神獣』


 影から二体の狛犬が飛び出す。

 通常の狛犬のように白くはなく、影で出来ているために全てを飲み込みそうなほど深い漆黒の狛犬。

 二体の狛犬は社の前で氷の騎士を警戒するように低くうなり始めた。


『『グルルゥゥッ!』』


「好きに飲み込んでこい。俺が許す」


『『グラァ――‼』』


 許可を出すと二体は嬉しそうに駆け出した。

 それだけ見れば微笑ましい動物のように感じてしまうが、速度は俺でも通常時なら初速は見失うほどに速いし、牙や爪は竜種の鱗だろうと紙のように切り裂く。

 もちろん筋力なんかは考えるのも馬鹿らしくなるほど強いし、防御力もミサイル程度なら無傷で弾くほどだ。


 そんな狛犬が二体同時に完璧と呼べる連携を披露しながら襲い掛かってくるのを氷の騎士は見事に剣と盾でしのいでいた。

 無傷ではなかったが秒殺されることなく生き残っている事は素直に感心する。

 もっとも傷を負った段階で市の買うとダウンは始まっている。


 狛犬も影で出来ている以上は侵食の性質はしっかりと持っているし、自身の意思で対象を絞って無差別ではない分強力になっていた。

 証拠に小さく傷ついただけの氷の騎士の盾は半分が黒く染まり始めていた。

 気が付いた騎士は瞬時に別の盾を出現させて、侵食された盾と取り替えて氷の楽園との境界線まで撤退した。


「やっぱり意思があるな頭もいい。とりあえず、邪魔くさい氷壁を砕くか」


 冷静に分析して楽しんでいたが、まだ残っている氷壁が邪魔で影を用いての攻撃がし難い。

 なので砕くために氷壁へと手をかざし握りつぶす動作をする。

 合わせるように氷壁近くの影がひとりでに動き出し無数の手の形になると、俺の手の動きと同じように一気に握りつぶした。


 これだけ見ると俺が圧倒的有利に見えるが握った影の手の平は凍らされていた。

 本来なら凍るはずのない影が凍る。つまりはシルヴィー女王の氷や冷気には『万物を凍らせる』と言う概念が付与されているのだ。

 通常では凍らない炎や風、影や光なんていう物も望めば凍らせることができる。


 こうして相手にしてみると分かるが強いな。

 俺の力も一般的には強いのは理解しているけど、それを含めてもやっぱりシルヴィー女王の力は強い。

 だからこそ楽しいんだけどな!


『影は波立ち押し寄せる』


 邪魔だった壁は消えたからこそできる次の一手。

 詠唱の通り、影の海に大波を起こして押しつぶす攻撃だ。広範囲を一気に侵食できるお手軽な技なんだが、黒い大波は普通に怖いし不気味だから使う気はなかったけど…相手が独自の世界を展開しているならこれが一番早い。

 もっとも簡単に受けてくれるとは思っていないけどな。


『冷気の嵐は壁となる』


『時は凍る冷気に凍えぬものは無し』


『絶対氷風』


 そんな詠唱が聞こえてきた次の瞬間、氷の楽園の花びらを巻き込んだ全てを凍らす狂風が吹き抜ける。

 風に触れた端から影は徐々に凍り始めて勢いを落とすが、次々と押し寄せる波に終わりはなく襲い続け、同じく風にも終わりがなく拮抗してしまう。


 これでは決着がつかない…だからこそ偽神としての力を使う。


『影は蝕み潜むもの也』

『太陽を飲み込み、月を蝕む』

『滅びは影と共に訪れる』


『滅影ノ月』


 上空に黒く禍々しい満月が浮かび上がる。

 輪郭がぼやけ不気味さの際立つ月は黒いはずなのに不思議と光を放つが、その光の触れた氷の楽園は触れた場所から滅び始めた。


「なぜ⁉」


 この現象にシルヴィー女王の驚きの声が俺のところまで届いた。

 理由はわかる。ただ影に蝕まれただけなら影を凍らせてしまえばいいし、最悪でも切り離して創り直してしまえばいい。 

 でも『滅影ノ月』の月明りに触れた場所は文字通り消滅して影となる。


 影に浸食同化するのではない。光の触れた場所そのものが影となってしまい何者の干渉を受けることなく、空間に溶けるように消滅させるのだ。

 ただ一つ回避する方法は光を受けないように遮るしかないが、遮ったことで生まれる普通の影は俺の力で操作することができるので危険度は変わらないかもしれない。

 ちなみに今回は一応生物には影響がないようにしてある。


 そうでないとシルヴィー女王を始め、忘れかけてたけど観客席の奴等も下手すると死ぬからな。

 とか考えている間にシルヴィー女王は必死に抵抗しようとしていた。

 ひたすらに消滅した場所を埋めるように新たな創造を繰り返し、同時に光を収束して一か所に集めるレンズを上空に形成しようとしていた。

 方法は単純だが強い力を持つ者だからできる事ではあった。


 実際に氷の楽園の端は消滅させられたが、全体から見れば微々たる被害しか出せていないから完全に無駄と言うわけではない。

 しかし光の収束は問題として光の場所が消滅するのだから、レンズや氷で光の誘導などできるはずもなかった。一瞬だけなら拡散することはできるが常に照射される光に対しては意味をなさなかった。


「くっ!」


「降参しますか?」


「誰がするものか。まだまだ楽しみ始めたばかりだからのう‼」


「なら、降参したくなったら。すぐに行ってくださいね?」


 一応だけど降参の確認もしたけど予想通り拒否された。

 なので体力と気力両方を奪う事にした。


『影は内に潜むもの』

『心の中、頭の中、夢の中』

『すべてに影は潜み、時に襲い掛かる』


心陰蝕影しんいんしょくえい


 影の突きは変わらず浮か中での新たな詠唱。

 それによって影の海の水面に月が浮かび上がり目にした者の精神を蝕む。

 蝕むとは言っても廃人にするようなことは望んでいないので1~3日の間だけ無気力にする程度の出力に抑えてある。


 発動すると同時にシルヴィー女王は何かを感じ取ったのか見ないように壁を形成した。

 しかし滅影ノ月の光で壁は消されていき、隙間から一瞬でも心陰蝕食を見てしまえば終わる。そんな緊張状態に終始余裕そうだったシルヴィー女王は本当に焦った表情を浮かべていた。


 緊張状態で力を使い続ければ普段の倍近く消耗する。

 それはシルヴィー女王も変わらないようで30分もしない内に顔中に脂汗を浮かべ膝を付き、氷の楽園も城付近を残して影に飲み込まれている。

 ここでもう一度、俺は降参の提案をしてみることにした。


「もう諦めたらどうですか?」


「ふ…ふふっ!ま、まだ大丈夫…だ。そういう和弥も、こんな力…長時間は発動できなかろう?」


「まぁ~そうですね。神化の制限時間もありますし、でも後20分は余裕ですよ?」


「そうか…」


「はぁ…しかたない。これ以上続けるのなら、こちらも出力を上げます」


「っ⁉」


 俺の発言にシルヴィー女王は戦慄の表情を浮かべていた。

 先ほども言っていたようにこちらも限界マジかだとでも思っていたのだろう。だが忘れてはならない、俺は神の力を門を通じて無尽蔵のエネルギーを用いて使えるので消費はほとんどない。

 しいて言えば制御に必要な精神の消耗程度だ。


 だてに魔術師やってないし権能の研究は精神力が特に必要になることも多いし、俺の精神力は並ではない自信がある。

 つまり持久戦は元々俺が望んでい戦い方だった…それだけの事だ。


「ふふ…最初から掌の上か…」


 自嘲するように笑みを浮かべたシルヴィー女王だったが、どこかすっきりしたような顔をしていた。

 そして少し耐えると本当に清々しい笑顔を浮かべていた。


「…降参する」


 降参の言葉と同時に俺とシルヴィー女王は展開していた力を全て解除した。

 と、同時に俺は体から力が抜けてぶっ倒れた。


「ははは…やっぱり久々なのに無茶しすぎたか~」


 こうして交流を兼ねた戦いは俺の勝ちだったが、勝者が笑顔で倒れるというなんとも閉まらない幕下ろしになった。

 

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