第14話 氷界の女王戦《4》


「ふぅ…とりあえず、お前は控室にでも行ってろ。場所は今イメージ送ったから分かるだろ?」


『…』こくこく


 ひとしきり撫でて気分も落ち着くと呼びにくいので『グレープ』と名付けた子羊はテクテクと控室の方へと歩いて行った。何の種族なのか気になってはいるけど、今は目の前の勝負優先だからな。

 それを見送って俺とシルヴィー女王は苦笑いを浮かべた。


「なんだか、少し冷めてしまいましたね」


「そうだのう。だが、せっかくだ…どちらかが倒れるまでは戦おう」


「…ですね。もう余計なことは全部なしで、戦いだけに集中して終わらせますか」


「あぁ…では」


「えぇ」


「「殺しても恨むなよ?」」


 もはや余計な考えも会話もなく俺とシルヴィー女王は相手を殺す気で戦う事にした。

 中止の合図も出ていないし、なら続行して問題ないだろう。


 という事で冥獄ノ獣を呼ぶことはできないが、それ以外の能力は問題なく使える。

 門から出てくる陰気を軍服モードの冥鎧で吸収して影へと流し込む。

 すると影に波紋が発生する。


『溢れ、満たせ影海よ』


 言葉に従い影は水のように溢れだし一気に広範囲を飲み込んでいった。

 シルヴィー女王は一見水に見える影に試しとばかりに冷気をぶつけてきたが、影であって液体ではないので凍ることはない。

 それを確認したシルヴィー女王は別の方法で広がりを防ぐ。


『氷壁』


 何もなかった場所に氷の壁が闘技場を横断するように出現したのだ。

 壁に阻まれて影の海は半ばまでしか広がることはできなかったが、こうして場は完全に影と氷に二分された。

 つまりお互いに自分に有利なステージを作り上げたという事だ。


『我は極寒の女王』


 そして壁の向こうでシルヴィー女王は詠唱を始めた。


『冷気の支配者、ここに我の領域は生まれた』


『さぁ…氷晶ひょうしょうよ、我が居城をここに』


『氷晶宮・創造』


 言葉一つを言い終わるたびに強まっていた冷気は、詠唱が終わると氷壁の向こうにまるで水晶で作られたように美しい氷の城が現れていた。

 壁越しでは全容は見えないけど強まった冷気によって内側の結界は1つ砕けていた。


 これだけでも驚異的だが俺にとって問題なのは冷気によって冷えた結界内に雪が降り始めたことだ。さっきの詠唱にも『冷気の支配者』なんて文言もあったし、元から『氷の世界の女王』だからな…この降っている雪も利用されると考える必要があるだろう。


「まぁ…俺も文句は言えないか」


『模れ、影の社』


 そう言うと影の海が俺を中心に巨大な和風の屋敷が現れる。

 俺は適当な場所に座ると集中を強める。


 でも、こちらが準備している間待ってくれるはずもない。


『氷軍よ今ここに汝らの主が望む、蹂躙せよ!』


 シルヴィー女王の怒鳴るような号令の後には、何か大勢の人間の足音のようなものが聞こえてきた。

 だが集中に全力を注いでいる現状だと確認することすら難しい。

 脅威が迫ってきているのは音の接近からわかっている。何かが崩れる音がしたことから、氷の壁を崩して影の海を歩いて何かが近づいてきている事もだ。


 なら俺の取る方法は動かずにできる事は1つ、言葉を発する事だけだ。


『影よ、蝕む蟲と成れ』


 これは奥の手ではなく禁じ手に近い、正直に言えば俺も使うつもりのなかった力。


『黒よ、光を阻む帳を下ろせ』


 しかし現状を考えると有効だと思える時間稼ぎに使えるのはこの手だけ…と、理解しているからこそ決断した。


『ここは壺の中、蟲毒の腹の中!』


 ゆえに俺は最悪の呪いを解き放つ!


『呪・影虫蟲毒


 最後まで唱えると周囲は眼を閉じていてもわかる闇が下りた。何も見えないような状態でも確かに周囲に感じる不吉な気配。

 は社の下にすらうごめいている。


 遠くでは何かが次々と砕け散る音が聞こえ、同時に何かをかじるよう不気味な音が聞こえてくる。

 代わりに近寄ってきていた音は途絶えて戦っている音が発生しだした。

 これで安心して俺は影の支配に全力を注げる。



 そんな俺の周りで何が起きているのか簡単に説明すると、今回の『呪・影虫蟲毒』は文字通り基になっているのは古代の呪法の蟲毒だ。

 簡単に蟲毒を説明するなら1つの壺に毒虫を大量に入れて土に埋めてしばらく待ち、共食いさせて最後の一匹を使用する呪術と言ったところかな。


 もっとも今回のは最終段階の一匹を使用するのではなく、俺なりのアレンジを加えて冥鎧を解放した時だけ使える呪い。

 これは一定空間を影で光すら通さない閉ざした空間を疑似的な壺のようにして、そこに入った俺を除く命ある物を影の虫の共食いに巻き込ませるのだ。呪いであるので一度閉じ込めれば俺を除く、空間内の存在が1つとなるまで殺し合うしかなくなる。


 更にアレンジしてあるのは影を使用したというところだ。

 冥鎧の特性を知っている者なら、なんとなく気が付いているかもしれないが影の虫にも侵食の力が備わっている。触れるか噛み付かれた存在は侵食され、蝕まれて最後には喰われる。

 そして喰った存在の魔力などを吸収して虫は強化されていく。


 最後まで虫が生き残って強化された場合は俺でも苦労するほどの力を手に入れてしまう。なによりも禁じ手と決めた最大の理由は間違えて無関係な者を巻き込んでも、発動してしまえば決着がつくときまで発動者の俺にも解除はできない。

 なぜなら、強力な呪いを使用するには制約を付ける必要があるのだ。


 しかも効果が高ければ高いほど使い難く、あるいは使用者に直接的な大小を支払わせるような制約を施さなくてはならない。

 今回の場合は4つの制約を施してある。


『1つ・使用者は共食いへの参加権を失う』


『2つ・一度の使用で最大魔力の半分を消費する』


『3つ・消費した魔力は発動が終了して1日経つまで回復しない』


『4つ・一度発動した場合、どのような問題が起きようと終了まで解除はできない』


 この4つの制約をもって呪いを成立させているのだ。

 特に重い制約は3つ目の魔力回復不能と言う部分だろう。いかに俺が常人の数十倍の魔力を持っていても、戦いの中で半分の魔力を丸1日回復できない状態は命の危機だ。

 しかも消費量も問題なのだ。


 あくまでも消費するのは『最大魔力の半分』であって『現存魔力の半分』ではない。

 つまり戦闘中に全魔力の半分以上を使用していた場合は発動することができない。無理に発動することもできる事にはできるけど、命を削るようなものだからやらないけどな。


 もっとも冥鎧で門を開いている限り俺は無尽蔵のエネルギーを使い放題なので、この状態の時ならばなんのデメリットもなく戦闘中でも使えるんだよ。通常状態でも使えるけど、本当に門を開いたりする時間がない場合か、冥鎧の使用許可がない時に強敵と遭遇した場合でもないと使う機会がない。

 と言うか制約以上に使いたくない理由が目を開いたら広がっている。


 何度も言うように『呪・影虫蟲毒』は蟲毒を基にしているので影のが生み出されるわけだが…この虫が死ぬっ―――――――ほど気持ち悪い‼


 百足とゲジゲジを足したような虫、はち蜘蛛くもを足したような虫、さそりと毛虫を足したような虫などなど…キモイにキモイを足したような虫ばかりが無数に影から這い出て共食いをしているのだ。

 自分で作り出した呪いではあるけど悪趣味だと思う。


 なによりも俺は大の虫嫌いなんだ!それなのに『何で蟲毒なんて作ったのか?』と聞かれると答えは単純で強いからだ。

 まずは相応の強さと汎用性、加えて発動者である俺自身の安全が確保される術が欲しかった。


 それで幾つか研究して作ったわけだ。

 今回のは作った中でも悪趣味も悪趣味なやつだけど、こと殲滅という事象に関してだけなら最強の威力を誇る。

 だから今みたいな数と強さでごり押してくる相手には強く、使わない選択肢は悪手でしかない。


 本当に…本当ッ嫌だけど我慢して使った。

 でも見たくないから、集中するのにもちょうどいいので目をつぶっているわけだ。


 しばらくして完全に影の海と社を含めて支配を完了した。


 同時に聞こえていた音も止んだ。

 なので目を開けば氷の壁の奥にシルヴィー女王が悠然と立っていて、影の虫は一匹も存在しておらず一体の豪華な鎧の氷の騎士が存在するのみだった。

 つまり影の虫は滅ぼしつくされ氷の騎士が生き残ったのだろう。証拠に周囲を覆っていた結界は解除されて明るくなっている。


「強いな。これなら壊れないか…」


 思わず口から漏れた本音。

 今まで俺と戦って本気を出せた相手は数える程度、中には二度と戦いたくないと言う者もいた。

 でも目の前にいるシルヴィー女王は俺の全力に壊れず、心も折れない。


 なら本当の意味で制限は必要ない。


『我は人なれど人にあらず』


 これは自身の否定、でも必要があるからこそ詠唱する。


『すべての影を支配する者』


 まだ完全に人を辞める根性はない。


『ゆえに我は神、しかして神にもなりきれぬ者』


 それでも人ではなく神でもない中途半端なものだと理解する。


『影の偽神成り‼』


『神威招来』


 だから俺はひと時だけ神と成る。

 もっとも本当の神と言うわけでもないし、そんな力も持っていない。

 だが人と言うには逸脱した力を身に宿す。


 影の海は俺の体に纏い、服の装飾はより神々しく変わっていく。

 そして社は黒曜石のような光を放ち、空には影の太陽が昇る。


 これが冥鎧を使用した時の最終奥義とも言える技、自身を一時的に神へと引き上げる。

 維持できる時間は1時間、だが確かに神と呼べる最低限の力を得る。

 証拠に場に広がる影は俺を敬うように鳥居を模り、木をかたっどり花を咲かす。

 影の花舞う中で俺はシルヴィー女王を見つめ『この力を存分に使わせてほしい』と願いを込め笑顔で頼む。


「さぁ…最後まで折れないでくれよ?」


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