第8話 力試しの約束
ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピッ‼
「喧しいわ⁉」ガシャンッ
耳元で鼓膜が破れるかと思う爆音に起こされ反射的に発生源を叩き潰した。
そして冷静になってくると本当に文字通りに潰れているホテル備え付けのアラームが手の下にあった。
「………見なかったことにしよう。直せばバレない…はず」【リペア】
さすがに備品を破壊したなんてことが発覚するのは不味いので慌てて修復魔法で直した。これでバレたりすることはないはずなので説教なんかの最悪の事態は避けられた…はずだ。
とにかく遅れると詮索されて面倒になるから早く起きて朝食に向かった。
朝食はバイキング形式で食堂の好きな席に早く起きた者から座っていた。
適当に周囲を見回してみたけど知り合いは特に見えない。という事で、比較的端で人のいない席を見つけて3皿分の料理を適当に盛って一人で食事を始めた。
「う~ん!1人での食事ほどうまい物はないな。人がいるとどうしても気を遣うからなぁ…」
久々の1人での食事は本当に気が抜けて最高だった。
おかげでいつもだと周りの速度に合わせて食べるんだが、たまにはこうして一人で自由に食べる時間が欲しくなるんだよな。
そんな風に一人の食事を満喫していると入り口から翡翠がシルヴィー女王を護衛するように一緒に入ってきたのが見えた。何かを探すようにキョロキョロしているのを見ると、もしかして俺もシルヴィー女王を迎えに行かないとだめだったのかな。
いや、でも事前に聞いていなかったし今回は俺は悪くないってことで食事を終わらせよう。
「ちょっと、なにを1人でのんきに食事してるのよ」
何も見なかったことにして食事を続けていると翡翠の方から近づいてきて不機嫌そうに声をかけてきた。
この態度から何か文句があるのはわかったんだけれど、別に俺の記憶が間違っていなければ悪いことはしていないので気にしなくていいか。
「?朝だから朝食をとっているんだけど、なにか問題でもあったけ?」
「何かじゃないでしょう!護衛兼案内役で参加しているんだから、朝には部屋の前に待機しているべきでしょうが‼」
「あぁ…いや、昨日の夜に緊急で仕事は言ったから朝は免除になったんだよ」
「は?そんな話聞いてないんだけど…ちょっと待って、確認してくる」
「はいはい、その間くらいは護衛変わってやるよ」
「ありがとう」
こういう時は素直なんだよな…と思っている間にも翡翠は同じく朝食に来ていた茨木のおっさんの元へと問い質しに向かった。
そして取り残されたのは俺とシルヴィー女王だけとなった。さすがに無言と言うわけにもいかないので覚悟を決めて話しかけると事にした。
「おはようございます。どうですか、こっちの世界で一日明かしてみて?」
「起きて最初に氷が眼に入らないことに少し驚いたが、それ以外はおおむね満足と言ったところかのう」
「それならばよかったです。食事なども体に合わないとかはなかったようですね」
「うむ!どれも美味で満足しておる」
こうして無難に日常的な会話で間を持たせようと俺は思っていたのだが、次の話題を振ろうとしたとき急にシルヴィー女王が顔を覗き込むようにして顔を近づけてきた。
「っ!な、なにか顔についていましたか?」
「そんなことではない。昨夜は大変そうだったが、殺意の残り香すらないことに関心しておったのよ」
「っ!…どこで…いえ、この場合はどうやって知ったのですか?と聞く方がいいですかね?」
「ふっ!和弥も気が付いているであるが、ワシも力のないか弱い女子ではないのだぞ?」
「っ!」
シルヴィー女王が不敵な笑みを浮かべた瞬間、急に悪寒がして瞬時に防御系の魔術を起動した。これは緊急時のために常に身に着けているストラップに仕込んでいた念のための物だったが、急に展開した一人分の結界の表面には薄く氷が張っていた。
「これは…何の真似か聞いても?」
「ふふふっ!ちょっとした確認と言ったところかの、やはり和弥はただ者ではないようだな~」
警戒心をむき出しに攻撃をできるように準備したうえで確認してもシルヴィー女王は気にした様子はなく、心の底から楽しそうに今度は猟奇的にも見える笑みを浮かべていた。
外見の美しさもあって不気味さが際立っていて、気が付いた時には反射で俺の腕は動いていた。
「ふふふっ本当に楽しませてくれる‼」
「つ!」
食事用のナイフを魔力でコーティングして振るっていたのだが、何もない空間から氷が出てきて防がれていた。
いや、無意識にやってしまったことだから防がれたこと自体は助かったと言えるんだが、全力ではないにしてもちょっとした妖怪程度は瞬殺できる程度の切れ味と威力はあったのだ。
それを結界や装甲などで防がれるのなら理解できるが、一見普通の氷で完全に受け止められている現状の意味が分からなかった。
しかし同時に初対面の時に感じた悪寒にも近い感覚に確信を持てた。
間違いなく目の前のシルヴィー女王は怪物の類だとな。
「失礼しました。思わず手が動いてしまい」
ただ、怪物の類だとしても相手は現在は賓客に近い立場だ。
なので、すぐに手を引いて謝罪したわけだがシルヴィー女王は不満そうな表情を浮かべる。
「つまらんのう~別に謝罪は必要ない。それよりも、視察も楽しいが暇を見つけて後で手合わせをしようではないか。もちろん今度は本気でな?」
「……許可が出たらいいですよ?もちろん次は俺も…全力でお相手しますよ」
あまりにも挑発的に冷気を放ちながら言われたので、ここ数日のストレスもあって俺も本当に少し殺気を乗せて答えた。もちろんシルヴィー女王も俺も周囲に影響が出ないように範囲を絞ってはいたが、近くの席の奴等は悪寒でも感じたのか次々に逃げるように離れていった。
そんな周りの反応にも気を留めず、目の前のシルヴィー女王は冷気を強め不敵な笑みを浮かべる。
「ふふふっ!そうまで言われては何が何でも許可を得て見せようではないか。逃がさぬぞ?和弥」
「嘘はつかないので安心してください」
挑発に笑みで返しながら、強まった冷気による周囲の被害が出ないように俺たちを包むように結界を張った。
すでに手遅れのような気はするけどしないよりはましだろう。
ただ挑発し合っていると確認して戻ってきた翡翠が死ぬほど焦った表情で走ってきているのが見えた。
「シルヴィー女王、冷気抑えてください。どうやらお目付け役が返ってきたようなので」
「?…もう、そんなに時間が経っておったのか。では、続きは後で楽しもうか」
「わかってますよ」
どう考えても怒って向かってくる奴がいる状況でする会話ではなかったが、俺もシルヴィー女王と同様に気持ちが戦闘モードになっているのかもしれない。
少しは落ち着かせないと今日の護衛兼案内の仕事に支障がでるかもだし、早めに切り替えよう。
「ちょっと和弥!それにシルヴィー女王様‼こんな場所で何をやっているんですか⁉」
「「ちょっとじゃれ合っていただけだよ」だけじゃ」
「この惨状の、どの辺がちょっとなんですか⁉」
そう言って翡翠が指さした先には俺とシルヴィー女王の挑発合戦に巻き込まれた近くの席があって、冷気によって置かれている料理や飲み物は凍り付き、おそらく俺の殺気に飲まれた非戦闘員のスタッフ達が腰を抜かして隠れるようにしていた。
うん、これはどう見ても俺達が悪いな。
「……まぁ、もうちょっと早く周囲に気を配るべきだったか。申し訳ない…」
「これでも最低限になるようにしたつもりだったのだけれど、まだまだ加減が足りなかったようだのう。すまなかった」
素直に自分達の非を認めて俺とシルヴィー女王は謝罪した。
そして翡翠はこうも簡単に謝ってもらえると思っていなかったようで戸惑っていた。
「え、あの…そんな素直に謝られると…もう次はしないでくださいね?」
「わかった」
「気を付けよう」
まだ戸惑っているようで翡翠は急に優しく諭すように言った。
それに対して俺とシルヴィー女王は頷いて素直に今後は気を付けると約束した…ように見せた。
いや、気を付ける気はあるけど絶対に守るとは口にしてないからね。
今回は朝から説教されたくないという俺とシルヴィー女王の意思が一致したので、無言の連携とでもいうべきか自然と行動が一致しただけだ。
とにかく、望みどおりに説教を回避できたので翡翠の視線が逸れた時にシルヴィー女王と笑みを浮かべ合っていたのは秘密だ。
「それでは朝食を取りに行きましょう。本来ならシルヴィー女王様には配膳などするべきなのでしょうが、今回はこちらのホテルでの普通の朝食を体験してもらいたく…」
「うむ、気にしなくてよい。そういう全てがワシには新鮮で楽しいからのう!」
「では、あちらで説明させてもらいますので行きましょう」
「わかった。では、和弥よ」
「?」
そのまま翡翠の案内に従って朝食を取りに行くかと思ったシルヴィー女王はなぜか、こちらへと振り返って声をかけてきた。
「改めて確認だ。先ほどの約束忘れるでないぞ?」
「っこちらこそ、忘れないでくださいね?」
「ふっ…愚問だったかのう」
そう言って口元に笑みを浮かべシルヴィー女王は料理の並んでいる机に向かっていった。
完全に1人残された翡翠は混乱しているようだった。
「よくわからないけど…これ以上問題起こさないでよ⁉」
「わかってるって」
「私は朝食してくるから、和弥は食べ終わってるなら警備の最終確認でもしてきて!それじゃっ」
「了解~」
早口で喋った翡翠は俺の返事を最後まで聞かずに駆け足で向かっていった。
それを見送りながら残った珈琲を飲もうとしたが凍っていた。
「はぁ…なんかめんどくさいな」
朝から予想外の事態になって一気に疲れてしまった。
とにかく、約束した以上は許可が出たら覚悟を決めるしかない。
今は翡翠にも言われたように今日担当の警備の奴等と少し話しておくことにしよう。昨日のバカ共の件もあるしな。
こうしてちょっとした面倒事を抱えて二日目の朝は過ぎていった。
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