サヨナラ、小さな罪

松本 せりか

サヨナラ、小さな罪

「パパ~。この女の人、だあれ?」


 和兄ちゃんが、私が知らない女の人と付き合っているって聞いて、即座に邪魔しに行った。

 大声で、パパ~って言って和兄ちゃんに抱き着く。

 目の前の、化粧お化けの顔が引きつっていた。ざま~みろ。


 和兄ちゃん……酒井和也26歳、私……西野結菜8歳。

 同じマンションのお隣同士だ。

 パパ~と言って抱き着いて、引き気味になる女性は多い。

 会社関係の人は、調べてきてるのかな?

「和也さんに、子どもなんていないはずよ。結婚もしてないのに。だいたいあなた隣の子でしょう?」

「うん。そういう事になってるの」

 にっこり笑ってそういうと、相手の女性はやっぱり隠し子なの? って、心配になるようだ。


「結菜ちゃんは、何か俺に恨みでもあるのかな?」

 和兄ちゃんがそう言ってきたのが5年後、私が中学に入ってから……。

「無いよ、恨みなんて。だけどさ見る目無いよ、和兄ちゃんも。皆、和兄ちゃんの稼ぎで楽しようって女ばっかじゃん」

 私は、和兄ちゃん家でご飯を作るようになっていた。


「さって、出来た。せっかくの休み、これ食べて後は家でのんびりしたら?」

「まぁな。お前の所為で、デートの予定がダメになったしな」

 私が作ったチャーハンとスープを無造作に食べながら、ブチブチ文句言ってる。


 家にいる時は、髪の毛もぼさぼさで髭も伸ばしっぱなし、着てる物もほとんど下着に近い。私がいる時はそれでも、短パンを履いてるけど。

 まぁ、ソファーに寝っ転がって尻なんか掻いちゃって、だらしないったら、ありゃしない。


 私がくっついてるってだけで逃げてく女に、この姿見せたら一発で振られる。


 最初はね、違ったんだと思う。

 私が5歳の時に、就職と共に隣に越して来た和兄ちゃん。

 カッコよくて、私は一目惚れした。

 和兄ちゃんがお休みの度に、母にせがんで総菜を作ってもらって遊びに行った。

 一人暮らしを始めたばかりの和兄ちゃんは、家庭の味を喜んで、寂しさもあってか私を部屋に入れてくれる。

 その時は、まだTシャツにジーンズという、ラフだけど一応外にも出れる格好をしていた。

 

 

 高校受験。和兄ちゃんが全面的に勉強を見てくれたおかげで、マンションの近くの……この辺で、一番難易度の高い高校に合格することが出来た。

 和兄ちゃんは自分の休みを全て私に使ってくれたところを見ると、もう言い寄ってくる女性もいなくなったのかな?


「和兄ちゃんのおかげだよ。合格できたの」

「そりゃ良かったな。だけど、その……な。もう、兄ちゃんって年でも無いから」


 中学卒業を機に、兄ちゃんって呼ぶなと言われた。

 そりゃそうか、和兄ちゃんも33歳だ。


 兄ちゃん呼びをしなくなっただけで、私達の生活は変わらない。

 休みの日は、朝から隣に行って和也さんの家の家事をしていた。

「結菜ちゃん。俺の靴下は?」

「へ? ああ、クローゼットのここにって、平日はどうしてたの?」

「ああ。昨日の夜見たら、いつもの所に無かったから……」

「あ~、もう、言ってよ。靴下なんて消耗品なんだから、穴が開いて捨てていったら無くなるの。買って来なきゃ」


 私は、和也さんが買い物用に置いている財布を持って、買い物に出かけた。

 和也さんは慌てて着替えて、私の後を付いてくる。

 それもいつものパターンだった。そして、2人で寄り道をして帰るんだ。


 喫茶店に寄ったり、気になっていたお店に寄ったり、大したところじゃないけど、私はとても嬉しかった。



 私が高校を卒業する頃、和也さんは36歳、大学を卒業する頃には40歳になっている。次に彼女が出来たら、もう引き留められないかもしれない。



「もう、このまま結婚する?」

 高校2年になって私が進路に悩んでたら、和也さんからそう言われた。

「大学はここから通う事にして」

「か……和也さん。何言って」

「昔っからお前、俺に彼女が出来るたびに邪魔して来たよな。責任取って欲しいよなぁ」

 な~んて……って、冗談めいた感じで言っている。


「悪い悪い、冗談だよ。こんなおじさんとなんて嫌だよな」

「する。責任取って結婚する。だって、和也さんが良いもん。だから、私はずっと相手の女性との仲、邪魔して来たんだもん」

 私が、勢いよく和也さんにそう言うと、あ~って感じで頭をバリバリ掻きだした。


「いいのか? 18歳も離れてるおっさんだぞ」

「和也さんが独身のままなの、私の所為だもん」

 私が必死になって言うと和也さんはそりゃそうかと言って、私の頭をポンポンってしてくれた。

「挨拶に行かなきゃだな、結菜んに……。ただ、それとは別に将来の事はちゃんと考えろよ」

「ええ~。なんで?」

「大学は結婚しても行けるし、やりたいことがあるならすればいい。そういう事だ」

「む~」

 私は、進路調査票とにらめっこする。

「結婚を逃げ道にするなよ」


 今までの小さな罪の積み重ねをチャラにする代わりに、今まで考えもしなかった将来を和也さんは私に突き付けてきた。

 


                                 おしまい

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サヨナラ、小さな罪 松本 せりか @tohisekeimurai2000

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