第75話 罠

「来ると思っていたぞ。ネズミめ」




 目の前にはカルム卿。


 俺は手を後ろに組まされ縄をかけられる。


 完全に誤算だった?こんなこと、姫様の命令を聞いている間はしたことがなかったミスだ。




「自分の意思で動くとこうなるってわけか……」




 つくづく自分が姫様に生かされていたのだなと思い知ることになった。




「何をブツブツ言っている。おい貴様……この私の周りでチョロチョロと動き回ったその罪、重いぞ?」




 髪を持ち上げられカルム卿に凄まれる。




「無反応、か。にしても間抜けなネズミだ。我が息子がお前程度に見抜かれるような経路で移動してくると思っていたのか? お前をおびき寄せるための罠。まんまと引っかかったのがお前だ」




 本当に我ながら間抜けなものだった。


 本来であればその可能性にまで頭を回すべきだった。




 ギークは優秀なんだ。


 戦場では取り巻き二人の力添えもあったと聞くが、それでも二階級特進は異例の事態。


 俺自身がそうだったせいでその事実を甘く認識してしまっていた。


 そして何より、一度勝っているという慢心があった。




「よくやったぞ。ギーク」




 そう呼ばれたギークは得意げな顔でこちらを睨むと思ったのだが、予想外の表情を見せていた。


 何故か今の事態に対して不満を訴えるような、そんな表情をしていた。


 それは父に対する畏怖からか、それとも別のなにかかはわからない。




「お前は本当に間抜けだ」




 カルム卿があざ笑いながらそう告げる。


 本当にそうだとは思う。どうしたものかと考えていたのだが、カルム卿の次の言葉はそんな思いすら消し飛ぶほどの衝撃を持ったものだった。




「一体これまで、誰があの手紙を流させたと思っているのだ?」


「なっ⁉ まさか……」


「王国への足がかりに最適だ、あのワガママ姫は。民衆の不満をぶつけさせるのにあれほど良い相手はいない。そう思って調べてみれば、驚くほど簡単にあらゆる情報が手に入った。馬鹿な王国の民衆もすぐ味方に付いた。本当に今まで良くもあんな無防備を晒して無事でいられたと思えば……お前が抜けたせいだと言うではないか」




 確かにそうだろう。


 俺が抜けたことによって、それまで未然に排除してきた姫様に迫る危機が顕在化した。


 民衆軍のガス抜きも機能しなくなっている。




 そうか。だが……俺はこのカルム卿に、ずっと踊らされていたというのか?


 もっと言えばギークにも……。


 俺の情報を流していたのはギークだ。


 そして今、俺が捉えられているのもまた、ギークの行動によるものだった。




「さてと……どうしてくれようか。王国の犬が我らが帝国軍人に紛れ込んでいたというのは信じがたい事態だ」




 そう言ったカルム卿は、振り返ってギークの方を見た。


 そして……。




「お前が殺せ、ギーク」




 そう短く指示をした。

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