第74話 わがままな執事

「さてと、そろそろいいか」




 チェブ中尉のことで時間をつぶすどころか随分ギリギリになったが、改めてギークたちが使った小屋にやってきた。




 魔法人形のことを調べるのと並行して、カルム卿やギークたちの行動パターンの予測もした。


 この時間ならあちらに誰かいるということはないはずだった。




「にしても……」




 改めて姫様の手紙を読み返す。




『リィト




 ようやく返事をしたかと思ったら本当にそっけない返事だったわね。


 もう少しなにかあってもいいんじゃないかしら。


 でもちゃんと伝わったわ。




 で、こんなことしている場合なのかしら?


 よくわからないけれどなにか戦争に参加しているそうじゃない。


 リィトなら何も問題ないでしょうけど……


 気をつけなさい。




 さてと、本題を言うわ。


 返事もあって、リィトが生きていることはわかった。


 私の執事としてのお休みももうないそうよ。


 残念だったわね。


 だからあれほど早く戻ってきなさいと言ったのに。


 でももう遅いわ。




いいかしらリィト。


 なにがあっても絶対に来ないように。


 これは命令よ。


 いいわね?




 これが最後の手紙よ。


 最後くらい、また言うことを聞いてくれることを願うわ』




 これまでとは全く違う、最後の手紙。


 姫様のもとにいたとき、言うことを聞かないなんてことは考えることすら出来なかった。


 どんな無理難題にも満足する形で答えてきた自信がある。




 姫様の元を離れてからは、ずっと手紙を無視し続けてきた。


 初めて、自分の意志で姫様の命令に背いてきたのだ。


 そして今、姫様が最後といったその命令さえ、俺は従おうとしていなかった。




「すみません姫様。私はやはり、わがままな執事のようです」




 最後の手紙、最後の命令に背き、俺は転移用の古代魔道具を起動させる。




 思えば姫様に仕えてきたときだって、姫様の命令をそのままこなすことのほうが少なかった気もする。


 そもそも姫様の命令は無茶苦茶なのだ。だからこそ、執事である俺がその意図を汲み取って姫様の望みを叶える必要があった。


 今回も同じだと思えば気が楽だった。


 最後の大仕事。




 姫様の本当の願いを、叶えに行こう。


 手紙の裏に隠れた「助けて」を俺は見たのだ。


 暗号でもなんでもない、姫様だからこそ、そしてそれを俺が読んだからこそ感じ取れる救難信号だった。

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