第62話
「カルム卿は軍人としての顔も持つとはいえ……魔法やその他の技術が高いようには見えなかった……」
ということは……。
「魔道具……」
姿を消したこと以外はなにもわからない。
効果として考えられるのは魔法探知を妨害するもの……いやだが気配すら絶たれていることを考えればそうではないのだろう。
考えにくいが完全に気配ごと姿を消せるものだとしたら……。
いや、尾行がばれたわけではないだろう。
俺の動きがバレているならすでになにか仕掛けてこないとおかしい。
これだけ猶予があればいくらでも逃げられるのだから。
「入って確かめるか……」
中で何があったのか、これがわからなければそもそも姫様に手紙を出す意味すらなくなってしまう可能性もある。
リスクはあるが行くことを決める。
「まずは様子見だな」
森の中、周囲には動物たちが溢れている。
あまり知られていないが、野生種であっても扱いさえうまくやればある程度こちらの意図した動きを再現できるのだ。
鳥が手紙を運ぶように、馬が人を運ぶように、野生の動物にも調教は可能だ。
「頼んだ」
指に止まらせた小さな野鳥を放ち、真っ直ぐ小屋の窓に向かわせる。
コツンと小さな物音を立てる。
魔道具の正体がなんであれ、ああまでして隠しておいたものだ。小さくても物音がすればなにか反応があるかと思ったが……。
「だめか」
続けて徐々に動物たちのサイズを上げながら小屋の中から注意を引くために音を出したり近づかせたりしてみたが……。
「一切反応がない……ということは……」
俺が思っていたより高度な魔道具……。
「転移か……⁉」
失われた魔法。その技術を残した古代魔法具の中には、離れた場所をつなぐ道具があるという。
そして帝国はその魔道具をいくつか所持していることも、あのとき書物を読み漁って知っていた。
慎重に小屋に近づき、中の様子を探ると……。
「やっぱり……」
魔法陣が記された大きな魔道具だけがぽつんと残されている。
カルム卿はすでにこの場にいなかったのだ。
「転移先は……」
魔法陣の文字から解析をすすめる。
見たこともない言語ではあるが、使用用途が転移であるとわかれば読めないこともない。
「帝国南部の……座標まではわからないか」
だが俺たちが戦っている直ぐ側までこの魔道具を使えば転移ができるらしい。
もちろん向こう側がどんな状況かもわからないのにこれを使って戻ろうなどとは思わないが……。
「これでギークは、父親に情報を提供していたということか」
カルム卿の行動は帝国軍人として間違ったものではない。
それはギークとて同じだった。
むしろ帝国軍人であることを考えるなら、間違っているのは俺のほうだ。
「だけど……」
長年付き従ってきたからだろうか……。
姫様の危機を見過ごすことは、身体がどうしても拒絶していた。
「俺にできるのはこのくらいだ」
いくらなんでも計画をまるごと潰すような妨害は俺の独りよがりがすぎる。
姫様にこの情報を渡すだけでもばれれば問題にはなるだろう。
それでも……。
「この情報だけで、なんとか対応してくださいね。姫様」
暗号化した手紙を鳥に運ばせて思う。
「どうせやられるのなら、せめて俺の知らないところで……」
わがままな執事の願いを乗せて、手紙は空を駆けていった。
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