第51話 本業

「さて……暗殺と情報収集か」


 奇しくも最も得意とする分野での依頼だ。

 猶予がありすぎて驚くくらいだし……。


「もしかしたら姫様に感謝するべきだろうか……? いやいやそれはないか」


 解放された俺は改めて手元の資料に目を通す。

 突然現れた俺にぽんと差し出すくらいなのだから大した情報はないかと思ったが、意外にも現時点で把握されている相手の行動パターンを含めたプロフィールなど、それなりの記載がまとめられている。

 ケルン戦線におけるセレスティア公国の重要なカードはここに出揃っていると言えた。


「ケルン戦線における総司令はこれか……」


 ネイブ=ギル=クライド。

 階級は大将。セレスティア公国は大将格が十に満たないはずなので、貴重な最高位の将官ということになる。


「流石にいきなり総司令を暗殺は難易度の割に成果にならないから後回しだな」


 暗殺を行おうとした場合、指揮官が優秀ならばその守備を突破する労力が無駄だ。

 そこに時間をかけるくらいなら、もっと他にやりやすいところから崩した方がいい。

 一方あっさり暗殺が成功する場合は、そもそも指揮官としても無能なので大勢に影響を与えられない。

 戦地でぶつかり合う中であれば動揺を与えられるかもしれないが、人知れず死んだところで代わりが役割をこなしてしまう程度の相手では意味がないのだ。


「このクライドって人はでも、前者だろうなあ」


 ケルン戦線、仕掛けて以来ずっと優位を保っていることからそれは窺い知れる。

 それだけの将ならば自分の守備を最優先にするはずだ。自分という存在の重要性もしっかりと理解して動くはずだから。


「まずは情報収集だな」


 リストを処分し、頭の中でルートを構築していく。

 十三日目、手土産を持ってこなければ実質アウェンは死ぬことになる。


「行こう」


 敵地への潜入。

 最初のターゲットに向けて動き出した。


 ◇


「おかえりなさいませ。ご主人様」

「ほう? 新入りか。今夜部屋に来るといい。私が直々に指導してあげようじゃないか」

「喜んで……ご奉仕させていただきます」

「ふむ。見所があるな。楽しみにしておこう」


 上機嫌で立ち去るこの館の主、ロッステル卿を見送る。

 無類の女好きとの資料と、その後の調査で裏付けもできたので与し易いと思いメイドとして潜入したのだが……。


「思った以上だな……」


 女装も潜入も、場合によっては籠絡もこなしてはきたが、ここまで生理的嫌悪をかきたてる相手というのも珍しいと思えるほどの相手だった。


「この周囲を治めていた子爵で、暗殺対象。情報を聞き出してついでに仕事をこなすとするか」


 夜に向けて準備を進めた。

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