第30話戦略訓練③
「模擬戦……」
「リルトさん、ご存知ですか?」
「形だけは……」
魔法によってシミュレーション戦ができる道具。
軍議で用いられると聞いていたが、実物を見るのは初めてだった。
「ルールははっきり言ってない。指揮官として指示を与えれば、その地図上で理論上可能な動きを勝手に駒が選んで動く。指示が曖昧ならおかしなことをすることもあれば、優秀な駒は指揮官の期待以上の動きもする。また天候やトラブルも起こりうる。これは歴史上その地域に起きたデータから算出された確率で起こる」
説明を聞く限りでもかなり高度な魔道具だ。
そりゃ実物なんて一部の人間しか見ていないだろう。
そう……ギークのような限られた人間だ。そのギークがギルン少将に言う。
「わざわざこれが出てくるあたり、南方の戦線は相応の状況が想像できますね」
「そうだ。お前のような実戦経験のある人間はやつらも喉から手がでるほどほしいだろうな」
「でしょう。して、この成果によって我々は何人までの兵を預かれるので?」
余裕の笑みを浮かべながらそう尋ねるギーク。
だがギルン少将の返答はその表情を硬直させた。
「私に預けられる兵が1万。活躍によっては半数を預けてもいいぞ?」
「っ!?」
ニヤリと笑うギルン少将と、緊張からか身体をこわばらせたギーク。
半数……五千の命を預かることまでは流石に想定していなかったのだろう。
そして俺もそこまでは全く考えていなかった。
千を超えれば、もはや戦況は大きくその部隊の成否に左右される。
数百では活躍すれば英雄だが、千を超えて活躍できなければ戦犯なのだ。
「まあ流石にそこまでは期待せん。だが私にこれで勝てるようになれば本当に任せても良いがな」
「御冗談を。盤上の遊戯と実戦の空気がまるで違うことなど、貴方が一番良くご存知でしょう」
「まあそうだ。だが、だからこそ預ける意味があるんだよ。はっきり言ってこの規模に『王道』はいらん。理論上の正しさを突き詰められるのなら、そのほうが結果的に早く終わらせられるかもしれんからな」
そうか。
実際の人の生死に関わってみないとその辺りはわからないというわけだ。
俺も数百、数千の命のやりとりまで見てきていない。その空気にあてられることもあるだろう。
「まあやってみろ。実際の時間で一月で決着したとしても丸一日はかかる」
ギルン少将はそう言うと地図を教室に並べだす。
「すでに勝負は始まっている。条件は同じではない。絶望的な盤面もあるぞ。好きな場所を選んで座れ」
その呼びかけにみんながあわてて動き出す。
出遅れたのは俺たち試験組と、あえてだろうか、動きを見せなかったギーク達だ。
「お前らとは格が違うというところを見せてやろう」
ギークと両サイドの女が挑発してくる。
こちらから見て右、ウェーブした長髪と胸元のひらいたドレスが目立つのは……。
「エレオノール・リ・ヴァリウス。ヴァリウス侯爵家の三女です。以後、お見知りおきを」
対して左。
金髪で吊り目のいかにも気が強そうな女。
「リリス・リ・レヴィーアスよ。レヴィーアス伯爵家長女」
気だるげに自己紹介を済ませる。
後ろからメリリアが補足してくれた。
「エレオノールさんはギークさんの婚約者。ギークさんの実家、カルム辺境伯領は広大で、帝都付近の有力貴族はなんとか取り入ろうと争っていました」
「リリスの方もそうなのか」
「正式な発表はありませんがそうなるでしょうね」
なるほど。
絵に描いたようなハーレム貴族だ。アウェンが憎しみを込めて睨んでいた。
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