第26話 密会

「見事な技でしたね、リルトさん」

「メリリア殿……」

「殿下は禁止ですよ?」


 人差し指を俺の唇に押し当ててくる。

 長いまつげがこちらに刺さるんじゃないかと思うほど顔を寄せられ思わずたじろいだ。


「ふふ。剣術の腕は一度見ていますし、魔法もあれだけの力……本当にあなたは何者なんでしょうね?」

「ただの訓練生ですよ。メリリアさん」

「あ、どうして私にはさん付けで敬語なんですかっ」


 頬を膨らませて不満を顕わにするメリリア。整った顔立ちのおかげでそんな表情すらキレイだった。


「ここでは平等に生徒という立場ですからね」

「じゃあ……メリリア」

「はい。よく出来ました」


 なぜか頭を撫でられる。

 なんでメリリアは敬語のままなんだとはちょっと、聞きにくい雰囲気だった。


「さて、本題ですが……周囲に人の気配はないタイミングを狙ってきたつもりですが……どうですか?」


 耳元に顔を寄せてくるメリリアにたじろぎつつ、その表情を見て意識を研ぎ澄ました。

 周囲の様子を探る……。


「こちらに注意を向ける者はいません……少し待ってください」

「もう……早速敬語に戻って……でも今は仕方ありませんね。仕事モードというやつですか?」

「からかわないでくれ」


 そんなことを言うメリリアにとりあえず返事をしつつ、盗聴を遮断する魔法を展開する。

 ただ周囲に声を届けないようにするだけなら簡単なんだが、それではもしプロが混じっていたときに露骨すぎて逆に相手に仕掛けられてイタチごっこがはじまる。これはそれまでの会話を装って自然なやり取りをうつす魔法。


「これで大丈夫」

「すごい……。これなら試験の時でも、私では見破れなかったでしょうね。もっとも、こんな高度な術式が展開できるならその必要がないことは自明の理ですが」


 本心から感心している様子だった。


「あっ。こんなことまでしてもらったのだから早く用件を済ませないといけませんね。いくらなんでもこんな魔法、そう長時間は展開できないでしょうし」


 そういうわけでもないんだけどメリリアは返事を待たずに本題にはいった。


「これを、渡すために」

「これは……」


 胸元にさっと差し込まれたのは手紙。

 だがその手紙、その封蝋は……王国の、キリク様のものだった。


「まさか……」

「ええ。申し訳ありませんが中身は私が確認しています」

「っ……!」

「身構えないでください。そもそも貴方をどうこうするつもりであれば私一人こんなところに来ません」


 そうはいってもメリリアの魔法は底が見えない。

 帝国流の魔法があるなら対処しきれるとも限らないが、メリリアからも周囲からもそういった気配は感じない。


「警戒させてしまってすみません。中身は見ましたが、それは私だけ。ある伝手で私のもとに届けられましたが、その時点で開封されていないことも確認しています。私の言葉しか証明はありませんが、見たのは私一人です」

「内容は……」

「問題があればここには持ってきませんよ。それを見てどうするかは貴方が決めてください。今の時点でどう動こうが、私は……いえ、帝国は関与しないことを、ガルデルド帝国第二皇女、メリリア=リ=ラ=ガルデルドが約束しましょう」

「なるほど……」


 とにかくこの場でどうこうするつもりはないようだ。


「今後あなたには是非、帝国を背負って立つ軍人になって欲しいのです。これまでの人となりと、手紙の内容と照らし合わせても問題がないと私が判断しました。ですので……」

「大丈夫です」


 俺が今更キリク様に……いや王国に肩入れすることはない。


「ふふ。では、どうやらこの様子ですとしばらく手紙が続きそうですし、その度私たちは密会ということになりますね?」


 楽しそうに笑うメリリア。

 なにを考えているのかいまいちわかりにくいが、本心から学生を楽しもうとしていることだけはわかった。

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