第2話 逃走

「もうやめだ! 耐えきれない!」


 毎日毎日わがままなお姫様につきあい、他の従者や貴族にも馬鹿にされ、それでもなんとかやってきていたが限界だった。

 最初のうちはまだ良かった。自分でできる範囲の仕事だったし、それなりにやりがいも感じていた。

 だが今日のこれはなんだ⁉ 王都から三日もかかる場所にある劇団を次の日に呼んでこいというから行程をなんとかショートカットして間に合わせたというのに、王女はいなくなっていた。

 手紙を残して。


『遅すぎるから気分が変わったわ。あなたが無能なせいで劇団が損をするのはかわいそうだからあなたの給料から劇団にはお金を渡すわね。私は遠乗りに出かけるから帰るまでにお菓子を用意しておくこと。用意したお菓子が私の口に合わなければ給料も休みもないものと思って』


 これまでも度重なる嫌がらせのような要求をなんとか実行してきたが、おそらくつい最近覚えたこの給料や休みを取り上げることまで許容すると俺の生活が持たない。

 いや休みはまあいい。俺にそもそも休みなどないのだから。

 問題は給料だ。もらったところで自分のために使う時間などないが、それでも仕事に必要な道具は一つ一つが高価だし、経費として後で王国に請求するにしたって手持ちがなければお嬢様の要望に応えられない。

 そうなったらどんな目に合うか、これまでほかの従者を見てきていれば容易に想像できてしまう。


「逃げよう……」


 実質王宮に囚われた生活だった。身寄りもない。いやあっても仕事を放棄して逃げた俺を許すとは思えない。

 ならこの国に活路は見いだせない。


「帝国に行こう……!」


 徹底実力主義と言われるガルデルド帝国。

 ここでなら、もしかするとこれまでのスキルが活かせることもあるかもしれない。

 掃除料理の家庭スキルから、工作暗殺陰謀その他の計画から実行まですべて押し付けられてきたんだ。


「一つくらい俺のスキルを生かせる仕事があるはずだ……!」


 そうと決まれば話は早い。

 もうどうせ入らない給料には期待しない。とりあえず自分の部屋から最低限必要なものを調達してすぐに出ることに決めた。

 ガルデルド帝国は王国の最大の仮想敵国。いくら無茶苦茶なお嬢様でもそう簡単には手出しができないはずだ。

 幸いなことにいまお嬢様はいないし、他の従者は基本的に自分のことで精一杯だ。

 これなら簡単に抜け出せそうだな……。


「にしても、いざ出ようと思うと本当にあっけないな」


 実質国外逃亡なわけだがもともと王宮内を出入りしている俺に警戒する人間などいない。

 ただそれでもなるべく気をつけるに越したことはないため警備がゆるいタイミング、ゆるい場所を狙っていったんだが、あまりに簡単にそういった情報が手に入ることに我が職場ながら不安を覚えていた。


「これ、仮に外から攻めるにしても情報が抜け漏れ過ぎでは……?」


 ま、いいか。とにかく帝国だ!

 身分どころか種族に関わらず、どんな人種も亜人も等しく平等に実力主義という帝国。

 王国では仮想敵国として警戒を強めていたわけが、実態はどんなものか気になる。なんせ王国の知識や同盟国との交渉なんかはよくやっていたけど、お嬢様の筆頭従者である俺は敵国との接点はなるべく避けるように言われていた。というかそんなことを見る余裕などなかった。

 ただわかっている範囲で、たしか身元があやふやでも一年間職業訓練の学校に行かせてもらえるとも聞いている。

 それこそ使用人や生産職などから、軍関係や冒険者など、様々な可能性が開かれているらしい。


「流石に使用人とかだと万が一追いかけられた時が面倒だな……。どの道で行くかは着いたら考えるとして……」


 軍人というのは今と対極なものになるし、憧れもあるな。冒険者というのも自由の代名詞みたいでいい。

 将来に思いを馳せて心がはずむ経験なんていつ以来だろうか。

 こころなしかウキウキした気持ちのまま、生まれ育った王国をあとにした。


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