第34話 部屋への道
グリードが扉をくぐった先にあったのは、広々とした、解放感と清潔感に溢れるキッチンであった。
ただ、時間帯的にも人の姿はなく、隣接するダイニングスペースに見張りらしき人物の背中が見える程度で、グリードの姿が誰かに見つかってしまうという事態には至らなかった。
「確か、奥の部屋だったよな」
グリードは先ほど仕入れた情報を口に出しながらも、知人の家にやってきたかのように、堂々と歩みを進める。
通常、マフィアのボスの邸宅ということもあり、警備は強固であるものだが、幸いにも今は家主は不在な様子であり、見張りの数も目に見えて少ない。
万一見つかってしまったとしても、成す術もなく捕まってしまうなどという心配はないだろう。
だが、犠牲は最小限であることに越したことはない。
グリードは悠然と、しかし視線で細心の注意を払いながら、黒服の『アニキ』と呼ばれる男の部屋を探し歩いた。
歩みを進める度に足音が通路に上がるが、随所に構えている見張りの男たちは、歩いているのは仲間の誰かで、赤の他人が忍び込んでいるだなどと思ってもいないのだろう、振り返って確認することもなく、漫然と見張りの交代までの時間を潰していた。
それはボスが不在だということに対する気の緩みが多分によるのだろうが、グリー―ドにとって彼らが怠慢をする理由など大した問題ではなく、むしろ迎合すべき状況であるので、ここぞとばかりに探索を進めた。
もちろん、いくら見張りが不能も同然といっても、彼らの視界に入ってしまっては、排斥の対象となるのは当然なので、グリードも通路の端を歩いたり、家具の後ろに時折身を潜めたりして、深部へと侵入を進める。
そして、いよいよ当該の部屋を見つけたグリードであったが、ある問題が生じていた。
「……まぁ、そう都合よくはいかないわな」
通路に置かれた調度品の裏に身を隠し、目当ての部屋を見据えるグリードの目に映ったのは、ちょうど突き当りになっているドアの前で後ろに手を組みながら警備を続ける、黒服の男であった。
しかし、グリード自身もこの事態をまったく予期していなかったわけではないらしく、さして困惑することもなく、次に取るべき手を思案していた。
「……面倒だし、行っちまうか」
まるで待ち続けることに飽きたかとでもいうかのように、グリードは瞬時に判断を下すと、すぐに物陰より姿を現し、扉の前で見張りを続ける男へと素早く近づく。
「なっ、お前、どこから――」
距離にしてわずか数メートルほどの距離から突然迫ってきた、褐色に身を包んだ男の姿に、見張りの黒服は慌てふためく。
だが、グリードはそんな男の言葉を一切無視し、眼前まで駆け寄った勢いを右腕に乗せ、相手の顔面へと一気に振りぬいた。
鈍い殴打音の直後、見張りの男は通路に大の字に倒れる。
グリードは男が起き上がってこないことを確認すると、すぐに意識を眼前の扉へと向け、間髪入れずに蹴り開けた。
「――うおっ!」
「なんだっ⁉」
勢いよく開かれた扉の向こうでは、ドアが蹴り開けられたことに驚いたのか、下っ端らしき橙と黄色のシャツを着た男二人が立ち尽くしていた。
「おっ、悪いな。上品なマナーには慣れてないんだ、見逃してくれ」
冗談染みた口調でそう言い放ちつつ、グリードは臆することなく部屋へと足を踏み入れる。
ただ、その瞳はすぐに真剣なものへと変わり、とある一点を見つめていた。
それは、すぐ前にいる男たちなどでも、部屋の中に置かれた高級な家財や調度品でもなく、最奥に居た人物――黒服たちの仕切り役も務めるリーダー格、部下たちからも『アニキ』と呼ばれる、その男であった。
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