第33話 強襲

 ロベルト邸の敷地内に忍び込むことに成功したグリードは、広々とした庭の中、庭木の陰に身を潜め、正門以外に侵入に適した場所がないか、じっくりと見定めていると、屋敷の側面にある小さな扉から一人の男が姿を現すのを確認することができた。


 男の姿は、見覚えのある黒服で上下を揃えられており、正面の門で見張りをしていた者たちとは別の階級に属する人間であろうことが容易に想像できた。


 ただ、その立ち居振る舞いから、黒服の中でも地位は決して高くはないように見えた。


「ふぅ……久々にゆっくりできる時間が取れたか」


 男はあからさまに気を抜いた表情で、おもむろに紙たばこを取り出し、マッチで火をつける。


 その後、使用済みのマッチ棒を足元に置かれた水瓶みずがめの中へと捨てた後、庭先へと歩を進めながら、男は一服の時間を味わっていた。


 その様子からも、現在この屋敷に男が機嫌をうかがうような人物――ロベルトがいないのであろうと推察することができる。


 グリードがそんな隙だらけの、それも単独で行動をしている男を標的にしないわけがない。


 直前に、視線を周囲に散らし、増援がすぐにやってこない状況であることを確認した上で、グリードはすぐさま行動を起こした。


「なぁ、少し聞きたいことがあるんだが――」


「――んっ?」


 旧知の友人に話しかけるかのような気さくなグリードの声に、黒服の男は警戒することなく、不意に顔を向ける。


 その瞬間、グリードは姿勢を低く、素早く駆け寄る。


 それを目にした黒服は、驚きから思わず身を引こうとするも、左腕をつかまれ、その場に繋ぎ止められる。


「貴様、何者――」


 黒服は突然の出来事に慌てながらも、何とか反撃を試みようとする。


 だが、掴まれていない右腕にはたばこを持っていたこともあって、そのまま拳を握っていいものかという迷いが生まれ、結果的に大きな隙が生じてしまっていた。


 そんな絶好の機会をグリードは逃すわけもなく、つかんだ腕を思いきり引き寄せるとその勢いに任せて黒服の背後に回り、そのまま地面へと組み伏せた。


「じっくりと説明してやってもいいんだが、残念ながら今は話していられる時間がない。率直に聞く。お前らが起こした列車の襲撃で奪った荷物、どこにある?」


「……そんなの、知るか」


 地面に押さえつけられ、反撃の機会をも完全に封じられているにも関わらず、黒服は反抗の姿勢を崩すことなく、そう言い放つ。


 対するグリードだが、同様の事態を幾度も経験しているのか、余裕たっぷりの口調で黒服の危機意識を刺激していく。


「そうか、残念だ。素直に教えてくれたら苦しむこともないだろうに。第一、お前が答えなくとも別の奴に聞けば済む話なのだということを、理解しているか?」


 途端、黒服は黙り込み、自分がこれからどういった対応を取るべきなのか、思考を巡らせ始める。


 ただし、残念ながら現在黒服の自由を奪っているのは、悠長に選択の時間を与えてくれるような慈悲深い人間などではない。


 それを証明するかのように、グリードは腕に力を込め、黒服に回答の催促をした。


「早く答えないと、まともに飯も食えない身体になるぞ。それでもいいっていうなら、容赦なくやっちまうが、いいか?」


 最終勧告とばかりに口に出したグリードの言葉に、黒服も自らの身の安全を選んだらしく、慌てて口を開いた。


「わ、わかった。答える。一階奥にあるアニキの部屋に仕舞ってある。だから、上からどいてくれ――」


 命乞いでもしているかのような黒服の返答に、グリードは無言で立ち上がるも、なおも視線を背中から離すことはなかった。


「ありがとよ。しばらくしたら起き上がるといい。あと、俺のことを後ろから襲おうだなんて考えない方がいい。その時は本気で始末しないといけなくなるからな」


 そう言い放つと、グリードは数秒程、地面に伏す黒服を見下ろした後、屋敷の側面にある勝手口まで向かい、軽快に室内へと消えていった。


 一人庭に取り残された黒服の男は、しばしの間、言われた通り大人しく突っ伏していたが、自らを張り付けようとする視線や気配が完全に潰えたことを感じ取ると、その場で膝立ちになり、グリードの消えた勝手口へと自然と目を向ける。


「……どうする、逃げた方がいいか?」


 誰にとなくそうつぶやく黒服であったが、それでも瞬時に立ち上がれるほどの精神的猶予はなく、室内から闘争の物音が聞こえてくるまで、その場に留まっていたのであった。

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