第29話 働く理由
奥へ通じる扉を抜けた先は、小さなキッチンとなっており、薄ぼんやりとした間接照明が、部屋の配置が最低限わかる程度に照らしていた。
それでも、キッチンは整然としていて、日ごろから調理を行っている形跡は見られず、代わりに片隅に置かれた、飲料の木箱が、大きな存在感を示している。
そのことからも、グリードがこの場所を倉庫代わりにしか使っていないことは明白であったが、コニールの注意はそれよりも別の所に向けられていた。
「それは……一体何?」
コニールの視線の先――そこにあったのは、壁際で天井に手を触れて何かを探っている様子の、グリードの姿であった。
「ちょっと待ってろ、すぐにわかる……よし、外れた」
そう口にしてグリードがその場を離れると、先ほど手で触れていた部分の天井がガタリと音を立て、上階へと続く階段が下りてきたのだった。
「ちょっと埃っぽいかもしれんが、そこは我慢してくれ」
その場で固まっているコニールに、それだけ言うと、グリードは先導するように仕込み階段を上り、上階の闇の中へと消えていてく。
それから少しして、コニールもグリードと同様に階段を上り、上の階へと顔をのぞかせる。
「うっ……本当に、埃っぽいわね」
頭部を入れた途端、肺へと飛び込んでくる埃っぽい空気に、コニールは思わず咳き込み、顔をしかめる。
かといって、そこで引き返すわけにもいかず、コニールは目にうっすらと涙を浮かべ、口と鼻を手で覆いながら、何とか上りきることに成功した。
それとほぼ同時に、若干狭苦しそうに、身体を屈ませるグリードの手元から明かりが漏れ、木製の板を張り合わせただけの、おんぼろの屋根裏部屋と呼んでも差し支えないような空間を照らし出す。
「だから、我慢してくれって言っただろ?」
「いえ、別にいいわ。私が慣れてないだけだから……それで、ここに一体何があるっていうの?」
決して広くもなく、一階に比べて天井も格段に低い部屋。
周囲に置かれた、布に覆われた荷物や木箱には埃が積もり、長らく触れられていないことが容易に察せられる。
その光景に、コニールが頭に疑問符を浮かべていると、グリードは手にしているランプで前方を照らしながら、奥の方へと進み、とある場所でランプを置いた。
場所を譲るようにグリードがそっと身を引くと、遮蔽物を失ったランプの光が眼前のスペースを照らし、コニールの目にも、そこにあるものを確認することができるようになる。
「すごい……」
嘆息を漏らしながらも、それ以上の言葉を発することもできないコニール。
彼女をそこまで至らしめたのは、ランプの光を受け、より一層色鮮やかに輝く、色とりどりの宝石を敷き詰めて作られた、一枚の絵画であった。
大小様々、宝石の種類もバラバラであるにも関わらず、そこに描かれている像は、聖母の姿であるとわかるものであり、その配置にも十分な計算がなされていることが想像できる。
しばしの間見惚れていたコニールであったが、舞い降りてくる微細な埃の粒たちにハッと我に返り、ふと抱いた疑問を投げかけた。
「これ、グリードが作ったの?」
コニールの問いかけに、グリードはすぐには口を開かず、宝石で作られた絵画のすぐ前まで歩み出て、ようやく回答した。
「あぁ、でも俺だけじゃない」
そう言ったグリードの視線は豪華絢爛な宝石の絵画のすぐ脇に置かれている、設計図のような紙へと向けられていた。
コニールもすぐさま視線に気づき、自らもその神へと目を向ける。
「すごい、大きさから配置まで、びっしり書き込んである!」
素直に感心の声を漏らすコニール。
対してグリードは、その紙の表面を優しくなぞりながら、感慨深げに続けた。
「……妹の遺作だよ。本当は自分の手で作らせてやりたかったが、資産的にも余命的にも、無理だった」
「――だから、あなたが?」
コニールの言葉に、黙ってうなずくグリード。
そして、じっと紙面を見つめながら、まるで自分に言い聞かせるように、ハッキリと言い放った。
「妹の作品を、完成させる――それが、俺が今も宝石を集め続ける理由だ」
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