第28話 妹
「……約束って、どんな?」
永遠に続くかと思えるような、穏やかで静かな時間。
そこに、そっと足を踏み入れるかのように、コニールの抑え目な声がグリードの耳へと届けられる。
するとグリードはコニールに完全に背中を向けると、自らの記憶を一つ一つ紐解いていくように、ゆっくりと時間をかけ、思いを巡らせる。
そして、考えがまとまったところで、それらの思いを一言に凝縮させ、答えた。
「――妹に、やめてくれって言われたんだよ」
グリードの口から語られた、妹という単語に、コニールは驚き、目を丸くする。
本当は声を上げ、飛び上がってしまいそうなほどの衝撃であったのだが、驚きを顔に表す程度で抑えられたのは、グリードの語り口調が、コニールにとっては冗談を許さない、真剣みを含んでいたように捉えられたからであった。
「妹さんが居たのね。見た感じだと他に家族は住んでないみたいだけど、もう?」
やましい気持ちはなかったが、驚いてしまったことに負い目を感じてか、コニールは多少気を遣いながら、グリードに尋ねる。
だが、グリードから返ってきた言葉は、少女の心を乱すには十分すぎるほどの悲痛なものであった。
「死んだよ。不治の病だった」
予想外の言葉だったのであろう、コニールは絶句し、取り繕う言葉すら頭には浮かんでこない。
一方のグリードは、少女の反応は折り込み済みだったのか、別段反応を見ることもなく、自分たち兄妹の境遇を語り始めた。
「元々裕福な家でもなかったし、両親も早くに死んじまったからな。妹の薬を買うには、こういった日陰の世界で働くしかなかった。もちろん、かかっているのは不治の病だから、薬で治るはずもない。せいぜい症状を軽くしたり、延命させるのが精一杯だ。それでも、俺にとっては妹が少しでも長生きできるならと、危険な仕事から汚い仕事まで、なんでもやってきた」
「……もしかして、その時に?」
グリードの話を聞くうちに、だいぶ落ち着きを取り戻してきたコニールは、次第に話に引き込まれていき、つい、割り込むようにグリードへと話しかけていた。
その声が聞こえてか、グリードはコニールの方を振り返り、小さく頷いてみせる。
「あぁ、仕事で使ってた拳銃が見つかってな。俺が隠れて危険な仕事をしてるってバレちまった。あの時は参ったよ。俺がこの仕事をやめるまで絶対に薬を飲まないって頑として聞かなくてな」
思い出の中の妹の姿に、意図せずしてか笑みを浮かべるグリード。
出会ってから、グリードが初めて見せた柔らかで大らかな表情に、コニールは不覚にも心を吸い寄せられる。
ただ、グリードの意識は会話に向かっており、コニールの視線を無意識にもてあそぶかのように、ゆっくりと室内を歩き始めた。
「さすがに薬を飲んでくれないのは困るから、やめるって約束したさ。それでも、仕事をしないと薬は手に入らないから、実際は口だけで外では今まで通り仕事をしてたわけなんだけどな。それで、一応バレないように家に拳銃はもちろん、一切の武器は持ち込まないよう気を付けてたんだが……今思えば、気付いてたのかもしれないな」
そう述べると、グリードはそっと、ちょうどコニールの背後に当たる位置で足を止める。
コニールもその気配を察したものの、今になって振り返るのもためらわれ、結果として正面を向いたまま、自らの思いを吐露する。
「……当然よ。誰でも、大切な人が死んじゃうなんて、嫌だもの。それがもし、自分の命が長くなかったとしても――」
どこか実感のこもったコニールの声に、グリードも通じるものを感じ取ったのか、一度口を閉じる。
そして訪れる、互いの心を整理するような、ありがたくもどこか重苦しい静寂。
それを先にかき消したのは、部屋の主であるグリードの方であった。
「そうだ、コニール。こっちに来てくれ」
「いいけど……一体何?」
グリードに促されるまま、コニールは立ち上がり、その後に着いていこうとする。
それを確認しながら、グリードは部屋の奥へと通じる扉の向こうへと、足を進めるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます