第208話 無茶振り勅令

 攻防戦の結果は、見るまでもなかった。


 ラクダ騎兵を中心とした野戦特化部隊を率いるムザッハルと、ひたすら壁越しに弓矢で防ごうという編成のカルタゴ軍。「女神」の加護を目の当たりにして意気上がる攻撃側と、自らが深く恃む堅固な城壁を眼の前で理不尽に破壊されて心をぽっきり折られた守備側。そしてテーベ軍は、籠城兵の二倍近い兵力を持ち……もはや勝負になるわけもなく、大半のカルタゴ兵は戦わずして捕虜となった。生命は安堵されるであろうが、彼らにはこれから長い長い奴隷生活が待っているだろう。


「先日の野戦に加え、この圧倒的な勝利……ムザッハル殿下の戦果、まさに素晴らしい!」


 年嵩の軍監が、感嘆の声を漏らす。城攻めが苦手であるテーベ軍が、拠点攻略でこれほど敵を圧倒した例は、彼の知る限り存在しなかったのである。


「まさにその通りですね。味方だけでなく、敵側の死者を必要以上に出さなかったことも画期的です。多数得た捕虜は奴隷にするにしても、カルタゴに身代金を要求するにしても、我が国にとって大きな利益になります。我が兄とは言え、賞賛すべき成果かと」


 ムザッハルと連携していることを慎重に隠し言葉を選びつつ、ハディードも兄皇子を絶賛する。客観的に見てもこの戦功は巨大である。このたびの戦で何も為すところがなかったアスランとの皇位争いの天秤は、ムザッハルの側へ大きく傾いたはずだと、弟皇子はぐっとこぶしを握る。


「そして何より戦功第一は、あの堅固な壁を一兵も用いることなく葬り去った、フェレ嬢でありましょうな」


「おお、そうだ! あの信じられぬ魔術……先般陸戦にてカルタゴの誇る戦象部隊を壊滅させたと聞いてまさかと思っておったが、こたびの戦で納得がいった。まさにあの乙女は、魔術の女神……あの神秘的な容貌もあわせ、兵士どもが女神イシスになぞらえるのも無理なきこと」


「あの奇蹟も、さきの陸戦の勝利も、その策は軍師ラージフではなく、女神の隣に立つイスファハンの『軍師』、ファリド卿によるものだそうですな」


「うむ、あの恐るべき魔術と知恵。彼らが我が国の臣ではなく、客将なのが惜しい……」


 自然な感じでハディードが話題をフェレとファリドの活躍に向ければ、年嵩の軍監も大きくうなずいて同意のつぶやきを漏らす。こうやってファリドたちのポイントを稼いでおくのも、ハディードの狙いである。


 そして、一際目立つ白く大きなラクダにまたがり、今日の指揮官が誇らしげな表情を隠すことなく、堂々と戻ってくる。従う兵士たちから上がる勝利の雄叫びと、指揮官を賞賛するコールは、止むことがない。


「ムザッハル殿下万歳!」

「勝利はムザッハル様と共にあり! 殿下はまさに、軍神だ!」


 野性的なその容貌にわずかな笑みを浮かべ、兵の歓呼に手を上げて応えるムザッハル。その眼が一瞬何かを見つけ、その方角に小さく拳をぐっと握って見せる。もちろんその視線の先には、ファリドの姿があった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


「ムザッハル皇子殿下、見事な采配、感じ入った。兵を損なわず敵拠点を速やかに陥落せしめた功、帝国への貢献、極めて大である。つまびらかに記録いたし、皇帝陛下にご報告致す所存」


「はっ、光栄の極み」


 アレキサンドリアの軍司令部で、年嵩の軍監が声を張り上げる。並び立っているのは同じく軍監であるハディード。


 その前にひざまずいて畏まっているのはもちろんムザッハルである。軍監の身分はもちろん彼より低いが、今回に限っては皇帝の代理人である、最高の礼を尽くさねばならないのだ。


 そして広間の側面で不愉快そうな表情を隠さないのが、第一皇子たるアスラン。皇位争いの最大ライバルであるムザッハルが眼の前で高得点を稼ぎ、それが公式に認められようとしているのだ。もちろん彼にとって愉快な状況であるはずもないが、それを露骨に外に出してしまうところが、器の小ささを示しているというものだろう。


「本来ならば、ここで帝都に戻り陛下に復命するべきところなれど、今回の戦に関しては、引き続き我々二名が軍監としてアレキサンドリアに駐在する」


「ほう」「何だと?」


 二人の皇子が声を漏らす。もちろん後者のイラついたレスポンスは、兄アスランのものである。


「今回の拠点破壊は、まさに完勝であった。なれどこの戦は、先立つ二つの敗戦……海戦で我が海軍を壊滅させられたこと、そして侵すべからざる我が領土に拠点建設を許したこと、それらの尻ぬぐいである。いわばマイナスが、少しゼロに近づいただけなのだ」


「確かにそうだな」「な、無礼な……」


 軍監の厳しい指摘を静かに受け入れるムザッハルと、いきり立つアスラン。もちろんマイナス二点は、アスランの失点である。


「無礼は後日お詫び致そう。なれどたった今我々は陛下の代理人。今後の軍事処置につき陛下の勅命をお二人に申し渡す」


「謹んでお伺いしよう」「…………」


「アレキサンドリア駐留軍とムザッハル率いる増援軍に命ずる。二軍は合流し、なお健在であるカルタゴ海軍を撃滅せよ」


「「何だとっ!」」

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