第63話 おムコさん確定?

「父上、母上・・フェレと結婚することを許して下さい」


 夕食の席で、ファリドがやや緊張しつつ、背筋を正して切り出した。テーブルにはファリドとフェレ、父ダリュシュと母ハスティ、そして……フェレが何よりも愛する妹、アレフ。


「むむ? 何を今さら、であるな?」


「ほんとよね。これで、ファリドくんが貰ってくれなかったりしたら、フェレはキズ物だし、どこにもお嫁にいけないよね?」


―――いや、俺まだ、フェレに手は出してないぞ。キスはしたけど。


 両親の極めて薄い反応とあらぬ誤解に、内心不本意なファリドである。しかし申し込み自体は何の問題もなくとりあえず受け入れられたらしいので、余計な半畳ははさまないでおくことにする。この場合、沈黙は金である。


「結婚するのはいいのであるが、王都に新居を買うのであるか? 冒険者の仕事をするには、王都ギルドの近くに住まねばならないであろう?」


「そうよねえ。まあ、フェレたちに王都に住んでもらえるのなら、アレフが王都にたびたび出かけるのにも、安心かなあ……」


 面倒くさいことに、この父母はどんどん先走っていく。


 そう、妹アレフは「カーティスの奇跡」で健康を取り戻し、十九歳と遅い社交デビューをしてからというもの、その美貌で王都社交界の華となっていた。父ダリュシュが騎士階級であるから高位貴族の集まりには本来お呼びでないはずであるが、デビューの夜会以来第三王子アミール殿下がやたらとアレフに執着し、あちこちに同伴を求めてくるのだ。


 かくしてアレフはその身分を軽んじられながらも、「王子のお気に入り」として社交界の一角に確固たる地位を築きつつある。それを維持するにはカネもかかり、普通なら貧乏騎士家に耐えられる金額ではないのだが……ここでも「互助会」資金がものをいい、アレフに恥ずかしい思いをさせずに済んでいる。


「王子殿下のお相手なんて身分が違い過ぎるから、気に入られても困るんだけどねえ……お誘いがあったら断れるわけもないし。それならフェレたちの家から出かけられると、楽でいいわよね」


 極めておおらかな母ハスティの言いように苦笑しつつ、ファリドが誤解を正す。


「あ、俺もフェレも、もう冒険者ギルドは引退するつもりなので王都には戻るつもりがありませんよ。できれば、この領地に住まわせてもらえればと……」


 ファリドがしゃべり終えないうちに、ドンとテーブルを叩く音、ガチャンと食器が大きく跳び跳ねる音がダイニングに響き渡った。


「なんと、なんと婿殿! ここに住んでくれるつもりであるか! ということはついに、ついに……この領地を、継いでくれる気になってくれたのであるか??」


 父ダリュシュがにわかに立ち上がり、眼を大きく見開き鼻の穴まで拡げ、顔を真っ赤にしつつ、ものすごい勢いで食い付いてくる。ここ一年以上さんざんファリドに迫っては、そのたびはぐらかされてきたのであるから、興奮も数倍だ。


「ご領地を継ぐとか継がないとかまでは、まだわかりませんが……俺はこの村の、カネはないけど穏やかな生活も、領民の人懐こいところも、かなり気に入ってます。当面は、ここで暮らしたいと思っていて……フェレも、同じだと思います」


「……うん、ここにいたい。この領地……メフリーズが好き」


 ファリドとフェレの言葉を聞いた父ダリュシュは、もはやヘラヘラと笑いながら涙と鼻水をたれ流していた。四十代も半ばの親父としては相当みっともない姿だが、これも自分とフェレを心から歓迎しているがゆえの醜態と思えば、ファリドとしても微笑が浮かんでこようというものである。


「ごめんねファリドくん、ダリュシュが変なリアクションしかできなくて。でも、フェレとファリドくんがここに住んでくれたら、私もうれしいなあ。アレフは王都で引っ張りだこみたいだし、どこかにお嫁に行っちゃうこと、もう確定だからね」


「それは私のせいじゃなく、アミール様のせいよ!」


 母ハスティに話を振られて、口をとがらせつつ反論するアレフは、とても愛らしい。黒髪と銀髪、ラピスラズリの瞳とサファイアの瞳、という違いがあるだけで、目鼻立ちはフェレと見分けがつかないほど似ている妹だが、普段は仏頂面をしているフェレと違って、表情が豊かでくるくる変わるので、見ている人をみな楽しくさせるのだ。


「まあ、そう言えばそうね。それにね、私達のためだけじゃなく領民のためにも、ファリドくんにいてほしいな。この貧乏な村に、ファリドくんはおカネを稼ぐことを教えてくれた。ファリドくんには、私達にはない発想があるわ。きっと、村の人達をもっと、幸せにしてくれる」


「確かにそうね。お兄様がパスタ屋を出すことを勧めてくれたお陰で、昨年は小麦商人から前借りをしないで済んだし……そして今年は、野菜とスモモを王都で売って、かなりの収入になり始めているわね。これなら病人が出ても、王都から薬師を呼べるわ」


「……うん、ファリドは頭がいい」


 なぜか女性陣に口々に賞賛され、照れるしかないファリドであった。


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