第60話 生き残った・・のかな?

「……昼食、持ってきた」


「ありがとう。で、頼んでいたギルド長との面会については?」


「……明日の午前にできるって。でも、リド、起きられる?」


「きついけど……何とか。あまり『時間』がないと思うから、無理をしても早くやらないとな」


 ベッドに半身を起こし、ギルド何やら規約集……というような面白くもなさそうな書物を読む青年に、一部がモルフォ蝶のように青く光る不思議な黒髪の娘が話しかけている。


 死闘から二週間。辛うじて一命をとりとめたファリドとフェレは、王都のはずれにある静かな旅人宿の一室で、療養生活を送っていた。


 あの戦闘が終わってから、待っていたかのように五人の男女が遺跡に現れ、フェレとアレフ、そして意識不明のファリドを保護した。ファリドが王都を出る前に、ギルドを通さず依頼していた旧知の冒険者パーティだという。


 五人はてきぱきと状況を記録すると、両腕を失いつつも生き残っていたカシムを回収……いや連行した。フェレの魔力注入のおかげで王都まで持ちこたえたファリドは治癒魔術師の施術を受けて、生命の危険から漸く脱したのである。


「……リドは、戦いが終わった後のことも、考えて準備してたんだね」


「まあな」


「……ありがとう。でもあれは、自分が死ぬことを想定した準備だったよね?」


「うん、まあ……」


「……それは、だめ。死ぬなら、一緒」


「ありがとう、嬉しい。でも、アレフだけは助けないといけなかったからな」


「……そうだね。感謝してる」


 そう。ファリドが「時間がない」と言ったのはアレフの時間のことである。


 誘拐されていた間、暴行は受けなかったものの、とても病人を扱うような環境ではないところで監禁され、アレフの健康はひどく損なわれていた。村に戻るまでは気を張っていたらしいが、父母の待つ館に戻ったとたんにがっくりと元気がなくなり、今や満足な食事もとれない有様である。もう望みは「カーティスの奇跡」しかない状況だ。


「……あと二年、『互助会』満期まで持ってくれれば……」


「おそらく、持たない……と思う。だから、何かやらないと」


「……うん、ありがとう」


「あの時、フェレが俺に魔力注入しなければ、『互助会』の生き残りは一人。満期前でもカネは下りたんだ。命を助けてくれたフェレには感謝してるけど、俺にはアレフの可能性を奪ってしまった責任があるからな」


 フェレが最愛の妹より自分を選んだ……そこに喜びはある。だが、話題がアレフに及ぶたび、フェレの表情にわずかな影が差す。それを見るたびに心に何かがチクっと刺さるのを感じるファリドだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「ギルド長様、本日は面談を許可いただき感謝します」


「金鷲三個以上佩用、あるいは銀鷲佩用の方が求めた場合、その地区のトップが面談をせねばならないとギルド会員規約第二十三条第二項に定められております。当然のことですので、改まったご挨拶は不要ですよ。お怪我をなさっているのよね、楽にしてくださいね」


 ファリドの挨拶に柔らかく応えたのは、王国ギルドのトップであるナオミという女性である。半妖精であることを示す長い耳と見事な銀髪が印象的だ。かつては冒険者として英雄級にランクされ数々の伝説を作り、年月を経てギルド長に推された。年齢は六十歳近いはずだが、長寿の一族であるためか二十代後半にしか見えない。


「では、単刀直入に申し上げよう。話は二点ある。一点目は簡単だ。本日をもって第百七十八次互助会は満期を繰り上げて終了し、保有する資産は生き残っている二人であるファリドとフェレシュテフで折半。その上でファリドはその全額をフェレシュテフに与えるものとする」


「……え?」


 隣に座るフェレが驚きで目を丸くしている。


「満期までまだ二年あって、メンバーはまだ二人いる。そんなことできるわけないだろう?」


 ギルド長の隣に座る、事務官の男が机を叩く。


「いや、それができるんだよな。寝込んでるここ一週間、暇なんでギルド規約類を全部読み返してみたんだよ。そしたらさ、互助会運用規程第二十八条第十二項って隅っこの隅っこみたいなところに、『満期前であっても、構成メンバー全員の合意が得られた場合は、当該時点で互助会を解散し、保有資産を均等分配するものとす』って書いてあるんだよな」


「本当ですか? 確認しなさい、すぐに」


 ギルド長がきびきびと指示を出し、事務官が不満げに運用規程をめくり始める。


「う……ありました、しかし……」


「普通なら互助会を構成するメンバー情報は極秘扱いで、『全員の合意』なんて得られるわけがないから、条項があっても死文化されていて、誰も知らなかったんだろうな。だが今回はクーロスが死んで残り二名、それがファリドとフェレシュテフだってことがお互いわかってる。適用できるはず、だよな?」


「条項が存在するのは事実のようですので、ファリドさんのおっしゃるようにしないといけないでしょうね」


 事務官は変な汗をかいているが、ギルド長は即断する。


「一点目はそれで決着ですね。それで、二点目とは? 一点目と違って簡単ではないのでしょう?」


「物わかりが早くて助かる。二点目は、今回俺達を含めた第百七十八次互助会メンバーが次々襲撃された件に関して、三都ギルドの幹部職員であるカシムが互助会メンバーを殺すための個人情報漏洩をやらかし、あまつさえ俺達に関しては妹の誘拐と遺跡での襲撃に、直接カシムが関与している……俺の肩に刺さった槍も含めてな……ってことだが、ギルドとしてはどう責任を取るのかな?」


「やはりその件ですか……」


 ギルド長は苦渋の表情だ。


「あれは、カシムの個人的犯罪であって、ギルドの組織的な関与はない。責任など問うても無駄だ!」


 事務官がまた机を叩く……が、その肩が微妙に震えている。


「なるほど。ギルドが責任を取らないと言うならそれも結構。であれば我々としては、『互助会』に収入の三割を納めている善良なギルドメンバーに対して、いかに皆様の身体と資産の安全を損なう行為をギルドの幹部がなしたのか、周知せねばならんだろうなあ……額に汗して働く同朋達の利益が不当に損なわれるのは、座視していられないからな……」


「貴様、そんなことをしたら、ギルドでの依頼などは二度と受けられんぞ。肩章も剥奪するぞ!」


どこまでも高圧的な事務官である。


「結構、そうしたければすればよろしい。ただ、よく考えてみな。俺にもフェレにも、もはやギルドで仕事をせねばならない事情は、ないんだが? 忘れてるんなら教えて差し上げるが、もう莫大な『互助会』資産は我々が頂けることに決まったんだが? その気になれば、もう一生遊んで暮らせるぜ」


「ぐぅっ……」


「そして、この事実を我々がギルドメンバーに伝えれば、どうなるかな? もう積み立てに参加する者はいなくなるだろうし……すでに積み立てたカネを返還せよという運動も、当然起こるんじゃないかなあ。ギルドの最大収益源たる金融事業は互助会の預かり金に依存しているはず、さてさて、取り付け騒ぎにならないといいがね……」


「貴様ら、命が惜しく……」


「やめなさい。この方たちの指摘は正当なものです」


 ギルド長は冷静に、ファリドの眼を見つめている。


「それは認めた上で……私達は現在の『互助会』システムが、多少の問題はあるとしても、ギルドメンバーの為になっていると思っています。もちろんギルド組織の為にもね。ですからこの制度が壊れることは避けたいのです。あなた方の要求を伺いましょう」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「我々の要求は一つだけ。『カーティスの奇跡』を、アフワズ騎士ダリュシュの娘アールアーレフに、可及的速やかに施すために、ギルドが全力を尽くすこと」


「え? その娘さんは?」


 ギルド長のナオミは、意外そうに眼を見開く。


「ああ、フェレシュテフの妹だ。どうも不治の病にとりつかれているらしくてね。フェレが冒険者働きをしている動機は、妹に『奇跡』を降臨させて死の淵から救い出すことなのさ」


「そうだったのですか……」


「『奇跡』を願うに必要な寄進は、互助会の分配資産で……俺のも合わせれば……なんとか払えるだろう。だが、田舎騎士の娘のフェレと平民の俺には、大貴族様や豪商の方々が長い順番待ちをしているのを押しのける力はない。だから、ギルドの力を貸して欲しい。教会の『奇跡』にはギルドの優先枠とか、あるんだろ? そこをなんとかしてくれたら……俺もフェレも、カシムのやったことについて、綺麗さっぱり忘れると誓う」


「……できるのなら……お願いしたい……です」


 フェレの哀願を聞いたギルド長は、愛らしく首を傾げる。


「『奇跡』の優先枠? そんなものは、聞いたこともありませんね」


「……そんな……」


「決裂……ってことか?」


 気色ばむファリドに、ギルド長はいたずらっぽく微笑む。


「話は最後まで聞くものですよ。ギルドの優先枠なんてものはありませんけど、その『奇跡』を降ろせる司教……あら、今は枢機卿になったかしら? はね、私が若い頃一緒に旅をしたパーティ仲間なのですよ。私が頼めば、必ずその娘さんに『奇跡』を降ろしてくれるでしょうね」


「……え……アレフが……助かるかも……?」


 ラピスラズリの眼が潤み、やがて感情があふれ出して頬を濡らす。


「ありがとう、深く感謝する。これ以上の要求はない」


 言い切るファリドを見るギルド長は、不思議そうな表情だ。


「何か変か?」


「う~ん。組織のトップである私から見ても、今回の件はギルドにとって致命的なものだったと思うのですよね。ファリドさんが何を要求しても、ほぼ丸のみしかない状況であったはずです。まあ『カーティスの奇跡』も貴重といえば貴重ですけど……もっと俗っぽい、例えばどこぞの街のギルド権限をそっくり寄こせとか、そういう要求をされるのかと。本当に、その娘さんを救うことだけが、望みなのですか?」


「それが、フェレの願いだからな。そして、フェレの望みは、すなわち俺の望みだから」


 ややクサいな、と思いながらもファリドは宣言する。


「あらあら。若いって、いいわねえ……」



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