第47話 三都に帰還

 その後はさしたる妨害もなく、三都アズナに到着した。


 盗賊団による襲撃とネーダによる暗殺が立て続けに失敗した上に、偵察に使っていた魔物が潰された状況で、敵方にもおそらく有効な攻め手がなくなったのだろうとファリドは考えている。


 久しぶりの三都だ。まずはギルドに向かい護衛完了の報告をする。今回は盗賊団討伐と、暗殺者拘束の報告もあるので面倒だ。アリアナと、拘束したネーダも連れていかねばならない。


 盗賊討伐の方は、領主の記した証明書に詳細にわたって記述されており、時間はかかったもののほぼ問題なく認められた。四百ディルハムの懸賞金が掛けられている盗賊団であったらしく、その過半以上の者を討ち取ったことにより、三百ディルハムが支給されると告げられた。最近フェレにカネを掛け過ぎて、なにかと物入りなファリドには、実にありがたい。


 そして、アリアナの護衛報酬百ディルハムと王都ギルドからの上乗せ二十ディルハムも、問題なく下りる。本来は、ネーダの起こした暗殺未遂が「護衛対象側の理由で危険が増した場合」というギルド報酬規程に該当し割増手当を要求できるところであるが、手続きが面倒すぎるのでやめておく。アリアナが今抱えているいろんな問題を片づけてやれば、いずれ伯爵家からも何か形あるものがもらえるだろう。ネーダについては「タブリーズ伯領に連行の上処罰する」旨申告し、三都の官憲には引き渡さない手続きもする。


 ファリドが面倒な書類仕事をしている間、こういうことにはまったく役に立たないフェレは、別室に呼ばれている。


―――だいたい要件は想像がつくのだがな。また互助会メンバーが減りましたって話なんだろ。


 やがて戻ってきたフェレに、


「互助会、何人になったって?」 とファリドが聞く。


「……四人なんだって……」


「そうか、俺達と、あいつと、もう一人しかいないのか・・」


 いよいよ直接対決の日が近くなりそうであった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 とりあえず、懐が豊かになった。いつも通り四十%天引きされても二人で二百五十二ディルハムは、ちょっとした遺跡探索に成功してもなかなか稼げない金額だ。


 ファリドとフェレはアリアナ達と一旦別れ、任務成功を祝してギルドの食堂でちょっと豪華な、遅めの昼食をとることにした。肉大好きのフェレに合わせて、ぶ厚く切ったラムステーキを頼む。ファリドはガーリック味のソース、フェレは塩胡椒のみで食べている。


「……(はむはむ)美味しい」 


 小さい口一杯に肉を頬張りながらフェレはご満悦だ。


「うん、高いけどたまには自分にご褒美だよな」 


 いつもの如く、自分だけではなくフェレへのご褒美のぶんの勘定も払わされるファリドである。


 本当はここに蒸留酒の一杯も欲しいところだが、明らかに見えない殺意を向けられている現状、感覚を鈍らせるわけにはいかないのが残念なところである。ここは紅茶で我慢だ。


「お、戻ってきたのか坊主、ずいぶん長く出かけていたようだな」


 不意に声を掛けられて見上げると、ファリドとフェレを引き合わせたカシムが、ニヤニヤ笑っていた。


「ああ、カシムに紹介された護衛依頼のおかげでさんざんさ。結局数十人の盗賊と戦う羽目になっちまったからな」


「活躍は聞いたよ。嬢ちゃんとのコンビがうまくいっているようだな。たった二人で二つの盗賊団を潰すなんてことは異例中の異例だ。いったいどうやって嬢ちゃんを調教したのか教えてくれんか?」


「……調教言うな!」 


 フェレが抗議する。


「特に何もしてないさ。フェレにもともと才能があっただけのこと。ちょっと使い方が下手くそだっただけでね」


「まあ、やはり『おぼこ』は男を知ると変わるということかなあ」


 わははと下卑た笑いを飛ばすカシム。


「……まだ知らないし」


 何気に大胆な告白をするフェレ。


「うっ……そういう道は教えてないから」


 うろたえるファリド。


「何だ、相変わらず面白くない答えをするじゃねえか。俺は『そういう意味』でも二人が似合いと思って紹介したんだがなあ……デキないと若い男としては辛いよなあ、何なら、別の女紹介しようかい?」


 ガタガタっと騒がしい音を立ててフェレが立ち上がり、ファリドの右腕をがっちりホールドする。


「……だめ、絶対」


「うほほほ、こりゃ懐かれたもんだな坊主よ。ん? こりゃなんだ?」


 カシムは、ファリドの左耳とフェレの右耳に着けた、ラビスラズリをあしらった魔銀のピアスに目を止める。


「おいおい、お揃いか……んん? その耳飾りの着け方は、アフワズの貴族が結婚したらするやり方じゃなかったか?」


「え? そうなのか?」 


またフェレの父ダリュシュに、はめられた気がするファリド。


「……んん~? そうかも知れない?」


―――おいこら、お前は天然なのか? それとも確信犯なのか?


「いやはや、坊主よ。ここまでこの嬢ちゃんを飼いならすとは、驚いたぜ。もう勝手に仲良くやってくれ、しかし、『味見』もせずに年貢を納めるとは坊主もなかなか……」


 バコっという音は、フェレが樫材のトレイをカシムの頭に振り下ろした音だ。


「……品がない」


「うははは、いやはや、不器用な若い二人の交際が気になっていたわけなんだが、何の心配もいらなかったわけだな。邪魔者は去るとするわい。ああ、くれぐれも子作りは計画的にな……」


 フェレがまたトレイを振り上げ、豪快に笑いながらカシムは逃げて行った。


「はぁ~。疲れる人だな」


「……む~ん」


「それにしても、この耳飾りの着け方、どうすりゃいいんだ? さすがに夫婦者と思われたら、フェレは困るだろ」


「……別に困らない」


「いやさ、変な誤解をされて嫁に行けなくなるとか……」


「……嫁に行く気は、ない。ファリドは、私を嫁に出したいの?」


「いや……出したくない」


「……ならいい」 


にへらと微笑むフェレは可愛いが……かなり怖い。

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