第46話 反撃開始

 そしてファリドとアリアナで、今後の方針を決めた。


 まずはひそかに王都へ早馬を出し、ファリドの裏仕事における知己である薬師に伯爵を急ぎ診させる。これは一刻を争う。敵には伯爵をすぐ殺す意志はないが……意識不明にしておいてアリアナを操ることが目的であるから……意識を取り戻してやる必要性も感じていないだろう。


 ネーダの罪は、伯爵に毒を盛ったことを含め問わない。その代わり故郷の村人を説得する先鋒に立たせる。一切の罪に問わないという豪胆な提案はアリアナのものだ。夫であり当主である伯爵に害をなした上に自分を脅迫したネーダに対してアリアナが何も感じていないわけはないが、問題の優先順位がきちんとわかる、冷静な女だ……ファリドは彼女に対する評価を改めている。


 但し、今後の道中ではネーダを殺人未遂の容疑者として拘束したまま三都に同行させる。タブリーズ伯領まで連行して処罰するという名目で、官憲に引き渡さず連れて行くことにした。幸い今日の宿場はたった八件の寒村、衛兵もいないため罪人の処理も、近隣の大都市に……ようは三都アズナだが……運んで行う慣習であるから、宿の主人たちに対しても説明しやすい。


 二人が頭を悩ませている間、普段は無口であるはずのフェレが、ひっきりなしにネーダに話しかけていた。ネーダは最初こそ口が重かったものの次第にほぐれ、二人の相談が終わるころにはいつもの饒舌が戻り、笑い声さえ混じるようになっている。


―――この緊張感のなさは何なんだよ……まあ一番の当事者フェレが気にしないなら、それもいいか。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 翌日。何事もなかったようにファリド達の馬車は街道を進む。


 これまでと同様にフェレとファリドが馭者席に座り、アリアナとネーダがキャビン内……但し、ネーダは形式上、ロープで後ろ手に縛られているような恰好を取っている。えいと力を入れれば抜ける程度の拘束なのだが。さすがにこれまでのようにネーダが大声でしゃべりまくることはできない……はずだが、生来黙っていることが出来ない性分のようで、キャビンの外に声が漏れない程度に抑えつつ、相変わらずペラペラと主人に向かってとりとめもない話をしている。


―――昨日まで脅迫する側とされる側だったはずなのになあ……。


 昨晩、ファリド達……というよりフェレの言うことを信じることにしたネーダが、アリアナに詫びた。


「アリアナ様、これまで私が伯爵家に度重なる害をなしたこと、許されることではありません。いかなるお仕置きも受けます。ただ村人達は何も知らないのです……」


「貴女のしたことは、謝って済む範囲を超えていますが、だまされて手足となって働かされただけのこと。忘れることはできませんが許しましょう。村を邪悪な魔術師から解放するのに力を尽くしなさい、わかりましたね?」


 そういったやりとりがあって以降は、この主従はまるでそれまでの遺恨がなかったかのように和やかに振舞っている。ネーダはおめでたい脳味噌の持ち主であるようだが、すぱっと割り切って後を引かないアリアナの侠気というか支配者としての資質には、ファリドも感心している。


「それはそうと、進み続ける俺達を見て、敵はネーダに連絡をつけようとしてくるだろうな」 


 とフェレに話しかけるファリド。さらに声を低めて続ける。


「直接行動を起こして失敗、拘束されたとわかったら、ネーダを消しにくるだろう」 


 フェレがぴくっと身体を震わせる。


「……させない」


「連絡手段はネーダから聞いているのか?」


「……赤いカラスが指令の手紙を持ってくるんだとか言ってたんだけど?」


「赤いカラス? そんな野鳥はいないはずだが……ああ、それは炎毒烏だ、鳥じゃなくて魔物だぜ。だいたいネーダも、赤いカラスなんて変なのが来た時点で、これ変だぞって気づかないのかなあ……」


「……私も変に思わなかったけどな?」


―――つくづくこの鈍感さは、残念だなあ……


「それでわかった。さっきから並木を伝って少し後ろをついてくる鳥みたいなのがいるが、たぶんそれだ」


「……ん? どこ?」


「急に振り向くな、気づかれる。右側四本後ろの街路樹に止まってる。指令を伝えるだけではなくて、おそらく俺たちの動きを偵察して、主人……クーロスに伝える役目も持っているんじゃないかな」


「……あ、いた。撃ち落とす?」 


 フェレの反応は、実に即物的だ。


「こっちの攻撃手段を知られないように、一瞬で片づけたいな。『砂の蛇』でやれるか?」


「……簡単」


 周囲は砂地である。フェレが短く気合を入れると赤みを帯びた砂が、ファリド達から少し離れた場所から目立たないように静かに、徐々に舞い上がる。そしてそれらは上空で……炎毒烏のいる位置よりはるかに高く……集まって蛇となり、さらに固く濃縮されて棒状になり、矢のように目標に向け急降下する。そしてフェレの「砂の蛇」に直撃された炎毒烏は、主人に異常を伝える余裕もなく、地面にたたきつけられぺしゃんこになった。


「……どう?」


「うん、完璧だ。敵に気付かれないように遠くから砂を集めるのは難しかったろうが、お陰であのいまいましい鳥は何が起こったかわからなかっただろうな。お見事だったよ、フェレはすごいな」


「……んふっ。頑張って修行した」


 褒められたフェレは頬を桜色に染めて上機嫌だ。故郷の村で最初に訓練した「砂の蛇」はすでに軍事用レベルの威力になっている。おそらく正規軍に所属すれば、今すぐにでも高位が与えられるだろう。もっとも、当のフェレはそんなものを求めておらず、ファリドに褒めてもらえばそれで満足なのであるが。


「さて、奴らの『眼』をつぶしたわけだから、次は直接攻撃してくるだろうな。さて、どこで来るか……」

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