第44話 ネーダの告白

 私はネーダ。村長の娘。


 私の生まれた村は、タブリーズ伯領のちょうど真ん中……副都から北へ馬車で一日くらいのところにあるわ。タブリーズ伯領は農業に向かない森林が多いのだけど、うちの村は平地にあってライ麦やじゃがいもがたくさんとれる、比較的豊かな村なの。そうそう、ライ麦を発酵させたのを、さらに蒸留して酒精を強くしたお酒は名物で、王都にまで運ばれるのよ。


 そして、この村は綺麗な娘が多いことでも有名で……だから領都や王都にある伯爵邸の侍女は、うちの村から選ばれることが多くて……私も王都の伯爵邸にお仕えすることが決まっていたの。でも村の人が言うには、私は可愛いけれどおしゃべりで品が足りないんですって。そんなわけでお屋敷に上がる前に、いろいろと教養やら礼式やらを修行させられていた、そんな時に騒動が起こったのよ。


 タブリーズ伯領の森林は深くて、普通の獣だけではなく魔物も多く出るわ。でも私の村は平地に囲まれて、普段はそんなことを意識せず生活できる、いや、できていたの。でもある日、農作業をしていた一家が、こんなところに出るはずもない魔物……有翼猿の群れに襲われた。夫婦は子供を何とか逃がすため鋤を振り回して戦って……子供の通報で村の人たちが武装して救援に来た時には、もう骨だけの姿になっていたの。


 人里にまで魔物が現れる異常事態に、村の代官様もすぐ反応した。領都に向け早馬を飛ばし、伯爵家の指示と救援を仰ごうとしたの。でも救援も指示も来なかった。村から馬で一時間ほどの街道で、伝令は物言わぬ骸になっていたから。


 続いて送った伝令も帰ってこない状況になって、代官様も腹をくくって武装した村人十人と一緒に自ら領都に向かうことにしたの。そして近々王都のお屋敷に上がる私も、領都で保護して頂くために同行することになった。


 ほんの二時間ほど進んだところで、街道の真ん中に大きな影が見えた。元冒険者のザンドさん……村で一番強いのよ……が叫んだ。


「食人鬼だ! なんでこんなところに!」


 食人鬼は森の最奥部、魔窟に住まうと聞いていたのに・・


「代官様とネーダは後ろに! サームとラーミンは弓を準備、のこりは俺に続け!」 


 さすがザンドさんは落ち着いて村人に指示を出し、戦う準備を整えた。そして弓を構えた二人が食人鬼に向けまさに矢を放とうとした時、サームさんが悲鳴を上げた。


「有翼猿が!」


 そう、上空から有翼猿が五体も……有翼猿は身体は人間の大人より小さいけど、自由自在に空を駆け、鋭い爪と歯で攻撃してくる、厄介な魔物……ああ、冒険者のあなた方には釈迦に説法ね。冒険者クラスなら一匹程度なら容易に倒せるのでしょうけど、前面に食人鬼が迫る状態で予想せざる方向からの襲撃、そして練度の乏しい村人……みんなパニックに陥ってしまったの。私ももう、座り込んでしまって一歩も動けなかった。


 そんな時、どこからか火球がいくつも飛んできて、有翼猿が次々と撃ち落とされていった。そして、食人鬼のさらに向こうに、背が高くて珍しいローブを……あれは魔術師であることを示すローブだって後から聞いたけど……着た男性が見えた。そしてその男性が杖のようなものを振った瞬間、食人鬼のまわりに雷みたいな火花が散って、食人鬼がゆっくりと倒れたの。


 ザンドさんが真っ先に我に返って、魔物達に止めを刺していった。代官様は魔術師の男性に丁重に礼を述べたわ。


「助けていただきありがとうございます、旅の魔術師殿。あなたが現れてくれなければ我々は全滅でしたでしょう。我々はこの先の村に住まう者達で、私が領主の代官を務めておりますロスタムです。失礼ながら貴殿のお名前は……」


「修行中の魔術師、サイードです。人々の安寧を守るのが私ども魔術師の務めですから、礼には及びません。それにしてもこんな平地の街道沿いに魔物が複数現れるとは珍しい、当地ではこのようなことが良くあるのですかな?」


「そこなのです、サイード様。こんな異常事態は我々も初めてのことで、領主様に急報を立てたのですが伝令がことごとく魔物に襲われ……致し方なく隊を組んで領都に向かおうとしていたところでして」


「ふむ、調べる必要がありそうですな。村にお邪魔してよろしいか?」


「もちろんです。できればしばらくご逗留頂ければと……」


 結局私たちは全員、魔術師サイード様と村に戻った。サイード様は修行の旅の途中ということで、時間に追われてはいないからと、当面村にとどまって頂けることになった。ここ数日魔物の襲撃におびえ、生きた心地がしなかった私達は、ほっと安堵のため息をついたわ。


 それから数日、散発的に魔物が出現し、村人を襲った。サイード様はその強力な魔術で、すべての魔物を駆除した。救援が間に合わず、一人犠牲者が出たけれど。


「やはりこれは、何かおかしい。この村、あるいは近辺に魔物を引き付ける何かがあるはずです。それを探し出すのが最優先ですな」


 サイード様がおっしゃるには、この村で感じる魔力は迷宮並みであり、魔力を発するアイテムが村のどこかに置かれているのではないか、ということ。私達村人は総出で、村の内外に「怪しいもの」がないか探しにいった。もちろん私も。


 そして二日後、私は村の共同井戸をのぞき込んでいた。ランプの灯りで探したときは何も見つからなかったけど、日が射す時間帯なら井戸の底が良く見えるのでは、という思い付きだった。目論見どおり陽射しは高く、かなりの深さまで直射日光が当たり良く見える。私は目を凝らした……と、たまたま井戸の底に一瞬キラっと光るものが見えたの。急いで男の人達を呼んで、井戸さらいが始まったわ。やがて……大きな、とても大きなサファイアを金の装飾で包んだブローチが引き上げられた。


 宝石の豪華さに比べ、金の装飾がとても地味なデザイン……だってほとんど彫金されていない、まっさらな外観だったんですもの……という点に違和感があるけれど、高価なものであることは明らかで、この村にあるべきものではない、というのはみんな理解できた。サイード様は慎重にブローチを調べていった。


「む、これは……」


「これが、魔物を呼び寄せているので?」と代官様。


「間違いなかろう。信じられないほど強い負の魔力を発しているからな。旧王国時代のものだと思うが、これほどの時代物を保有しているのは……うむ」


「どういうことなんですサイード様?」


「言いにくいことだが、これは領主殿、すなわちタブリーズ伯爵家により置かれたものだと思う」


「そりゃ何のためです? タブリーズ伯領の中じゃここは豊かな村で、納める年貢も多いです。ここを魔物だらけにしても、伯爵家にいいことは何もないでしょう?」


「このブローチ……に見えるものは、不老の魔具だ。魔物たちの強い生命力を利用して、持ち主の寿命を二~三倍にするという。しかしそのためには魔物どもに捧げる贄が必要になる。この村は、その贄として選ばれたのだ」


「そんな……そんなひどいことが許されるわけがありません。ですが……信じられません……」


「私がタブリーズ伯を陥れても何も利益がない。私は真実を述べているだけだ」


「そうでした、失礼いたしましたサイード様……では私達は、いったいどうすればいいのでしょう?」 


 代官様は、途方に暮れてサイード様に聞いたわ。


「魔具に関しては気にするな、私が処理する。そしてこの村は、私が守ってやる。しかし、邪道を用いた伯爵家には罰を与えねばならないな。正面を切って挑んでも村人が死ぬだけ……だから内部から少しづつ腐らせ、やがて滅ぼすのだ。タブリーズ伯爵家に入りこむ者が必要だが……」


「それなら恰好の者がここにおります。これが近々王都のお屋敷に上がる予定のネーダでございます」


「ほほぅ。ネーダよ、私の言うとおりに働けるか?」


 かなり厳しい仕事を命ぜられるんだということは分かった。それも、世間一般では悪いこととされている仕事を。でも、関係のない村のためにこれだけ尽くしてくれたサイード様のためになるなら、それは素晴らしいことに思えたわ。


「ええ、喜んで。なんでもお命じ下さい」


そして、私はサイード師の……村ではそういう敬称を付けているわ……間者になった。

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