第9話 何かヘンだけど
それから三日。
ファリドは、森の辺縁部まで食人鬼が出てきた件について、なんらかの作為があるとギルドに報告し、調査を要求していた。どう考えても鬼の通常行動範囲を逸脱しており、何者かが追い立てたか誘い出したか、いずれにしろ意図的に連れてきた、としか思えない事態だったのである。
他の冒険者に魔物をけしかける行為はギルドの最高クラスご法度事項であり、ギルドは組合員を守る建前からは、全力でこの調査と再発防止にあたらねばならないはずであった。
「初期調査では手掛かりがありません。たいへん申し訳ないのですがギルドはこの件だけを調査しているわけには・・」
なぜかギルドは、明らかに腰がひけている。調査するのが面倒、ということなのだろうが、細々と継続調査するとも言わず、幕引きを急ぎすぎているようにも見える。
―――ギルド側に、何か言えない事情があるのか? だとしたら粘ってもなにも出てきそうもないな。適当な条件を脅しとって、終わりにするしかないか。
「しかしなあ、他のパーティーんとこに危険な魔物を引っ張って来るってのは、ギルド組合員規約の第二章第四項で厳禁されてるはずだよな。そして、あんなとこに食人鬼が出るのは明らかに異常ってことはあんた達も認めている。それで調査しませんは、通らないだろ?」
「仰る通りですが、ギルドにも優先事項というものがありまして……」
説明に出てきた中年の女職員は妙な汗をかきながら必死で言い訳をしている。
「なるほど、基本規約に違反して同じギルド員を殺しにかかる行為は、ギルドの優先順位が低いわけだな」
ファリドはやや凄んでみる。
「いえ、決してそのようなわけでは・・」
「なるほど、ギルドの考え方はわかった。これ以上頼っても仕方ないようだな」
「たいへん申し訳ないことながら……」
「じゃ、仕方ない。ギルドに何かしてもらうことは諦めるわ。だがそうなると、他の組合員が同じ危険にあうかも知れんし、何とかしないとなあ。まずは、今回のいきさつを一切合切、毎日一階の酒場で、みんなに伝えるのが、俺の務めってことになるかなあ」
「いや、それはご勘弁を……」
「だってさあ、ギルドが何もしてくれないんだったら、せめて他の連中に注意を促すのが、善良な組合員ってもんだろ?」
―――俺が善良か。自分で言ってて笑うわ。
「それとも、この件を有耶無耶にすることが、ギルド組合員にバレるとマズいことなのかな?」
「いえそれは……」
―――声が小さくなってきたな。早く条件を出せよ。
「わかりました……お二方が本件についてこれで終了、無用な情報拡散をしないということに同意頂けるのであれば、お二方の肩章についても配慮を致したいと……」
「配慮とは?」
「銅鷲肩章を一個付与致します」
―――これでどうだ、という顔だ。ずいぶん安い条件で瀬踏みしてきたもんだ。
「フェレはともかく、俺はもう銀鷲を押し付けられてる身だし、いまさら銅鷲もらっても、しょうがないんだけどなあ」
ファリドはわざとらしく興味がないことをアピールする。
「そうおっしゃらず……そうです、ファリドさん達はギルド宿に滞在ですよね。向こう二ケ月の部屋代は無料、ということでは?」
―――よし来た、おそらくこの辺を落とし所にするとこまでは、もともと計算してるんだろう。もうひと押しいけるな。
「口止め料、という解釈でいいか? それなら、フェレの治癒魔法にかかる料金も持ってもらえるよな?」
「う~ん……承知しました」
―――こいつの権限じゃ、ここまでか。
「わかった、この件について俺たちが騒ぐことはない」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「どうだ、調子は」
「……痛い……」
ベッドから半身起こしたフェレは、うっとうしい前髪の向こうで少し眉を寄せ辛そうな表情だ。
結局、上腕の骨だけの被害では済まず、肋骨が三本と鎖骨がいかれていた。獲物を積むつもりで借りた荷車にフェレを乗せて街まで運んで、早速ギルド付きの金鷲級魔術師の治癒魔法を受けさせた。折れた骨や腱の重篤なダメージは回復したものの、まだまともには動けない状況だ。
こういうものは痛みを残すように治療するものだ、痛みの記憶がないとつい同じことをやってしまうからのう、と老魔術師は言い残して去った。治癒代は通常料金だと二十ディルハムくらいかのう、という呟きを聞いて青くなったファリドは、口止め料に治癒魔法術の施術代をせびったわけである。あとは薬師に痛み止めなんかを処方してもらう必要があるが、そっちは安くすむはずだ。
「……おカネ、かかっちゃったよね……」
「そうだな、治癒魔法は定価だとすっげえ高いらしいから、まあちょっとした『魔術』を使ってタダに値切ってきた」
ファリドはわざと明るく笑い飛ばす。
「……ろくな『魔術』じゃ、なさそう」
フェレも何かを察したようだ、決して頭は悪くない。
「今回は稼ぎもいいぜ。食人鬼の討伐報酬は二十ディルハム、角の売却で二十ディルハム、魔石の回収で八ディルハム。合計四十八ディルハムから天引き四十%して、二十八ディルハム八十ディナールさ。下手すりゃ一か月分の稼ぎかもな」
カネにこだわるフェレのため、明細まで説明してやる。ちなみに魔石は、魔物がその強さに応じ持っているエネルギーの塊と考えればよく、魔術師以外の人間が魔術道具を運転するのに、動力として必要になるため、常に需要がある。
「……本当に私の一ケ月分だ……」
「だから気にせず、まず身体を治せ。一応なんか食い物らしきものを持ってきたが?」
「……食べる」
「片手でも食えるかと思ってサンドイッチを食堂で作ってもらったんだが、口に合うかどうか……」
「……(はむはむ)」
―――もう食ってるじゃん。ってか、食うの速いぞ。
「……むぐ……おいしかった」
「食後に茶もあるが、筋肉の回復のためにヤギ乳を先に飲め」
「……(ごくごく)」
「そんなに急いで食わんでも飯は逃げないんだがな」
まったくこういうところは残念な奴、と思いつつファリドも自分のサンドイッチを取り出して、一緒に食事をしようとテーブルに並べ始める。
「……」
ふとフェレがジト目でテーブルを見つめているのに気づく。
「え? まだ食いたいのか?」
こくこく頷くフェレ。仕方ないのでファリドの分をそっくり渡す。フェレは髪に隠れていない顔の下半分に満面の笑みを浮かべ、猛然と次のサンドイッチに挑んでいく。
―――こういうとこ残念だけど、食ってる間は、なんか可愛いよなあ。
この「可愛い」は女性に向ける可愛いではなく、仔犬なんかに向ける感覚である。ファリドはしばらくの間、エサやり気分でフェレの旺盛な食欲を眺めていた。
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