2.少女の扱い


「もう一度聞きます。お使いで山菜取りに出た時に、あの子を見つけたと。重症だったので応急手当をして運んできたので、遅くなったという事ですね?」


 ここはレオンの家である。

 ダイニングには先程絶叫した少女が椅子に座っている。レオンを見る事もできず気恥ずかしそうにしている。

 ちょっと間違えたら、レオンはこの村に住めなくなる程の悪評を広める意気込みだったのだ。

 今では完全に誤解だと理解しているのだが、謝罪もせず母親の傍らで目線を外すのが精一杯のようだった。

 

 その母親であるアデライドが山で見つけた少女の確認をしていたのだった。

 夕食も食べず怒涛の数時間が過ぎ、やっと落ち着いたところでの話し合いであった。


 アデライドはレオンが親しくしている村人の一人である。

 年齢もレオンに近く、何が気に入ったのかは分からないがコマめに気にしてくれている。

 くすんだ長い金髪を無造作にまとめている。

 細長い目は緑色。整った顔でレオンが今まで知っている女性の中でも上位に入る美人である。

 体つきはふっくらしているが、決して太ってはいない女性らしい体である。

 簡素ではあるが胸元が大きく開いたワンピースを着ている事が多く、今日も明るい青色のワンピースを着ている。

 アデライドの夫は娘であるニコルが生まれてすぐに、亡くなったそうだ。

 十三年も女手一つで娘を育てている苦労人である。


 レオンを糾弾した少女の名前ニコル。

 アデライドの娘である。

 明るい長い金髪を肩口で切り揃えている。

 目は青色。まだ可愛いらしい少女である。

 母親であるアデライドを幼くしたような容姿である。

 大きくなったらアデライドのような美人になるのだろう。

 家の中で縫製や本を読んでいるのが好きなようで、母親の畑仕事の手伝い以外では外に出たがらないそうだ。

 何故か、レオンが村に住むようになってからは頻繁にレオンの家に上がり込んでいる。

 レオンが作っている果実水や果物を摘まみながら日中過ごしていたりする。

 レオンも困るでもなくニコルを相手に雑談をしたり、昼食を一緒に食べたりして過ごす日も多いのである。

 この三人は一緒に朝食や夕食を取る事が多い。

 気が早い村人たちはレオンがアデライドの再婚相手になるのではないかと噂しているのだった。


 噂をされているのを知らないレオンは、ほぼ毎日アデライド達と一緒に過ごしているのだった。


 この村に数カ月前に住む事になったレオンは、村の中では一番の長身の男性である。

 他の町でも長身である事は確実であろう二メートルに近い長身である。

 手足が長いので、更に長身に見えるようだ。

 体つきは細いのだが、鍛え抜かれた筋肉がある事を何故かニコルは知っている。

 顔もやや茶色がかった長めの黒髪。

 猛禽類を想像させる細長い金色の目。眉や口元が穏やかなせいか怖い印象は受けない。

 以前は冒険者をしていたと言っても、直ぐには信じられないような顔つきである。

 どこかの貴族の領主様とも思える。小さな国の王子でもあるように見える。大商人の家の子息とも思える。

 一般の家庭で暮していたとは思えぬ容姿と物腰なのである。

 

 ニコルは母親が夕食に招いたのに、一向に来ないレオンを心配して様子を見てくるように言われて、レオンの家を訪ねたのであった。

 ニコルは言われた通りにレオンの家を訪問したが不在だった。

 そのまま帰る訳にもいかないので待っている事にしたのである。

 この村は滅多に旅人も来ない。各家には鍵を掛けるという概念は無い。

 どこの家にでも出入りは楽にできるのであった。

 仮に施錠されていても、レオンの家に入る事はニコルには簡単な事だったのだ。

 それ程レオンの家に入り浸りなのである。

 

 かなり待った後に、やっときたレオンに文句を言おうとしたら、見知らぬ女性を背負って帰ってきたのだった。

 見た所ぐったりとして意識がないようだった。

 ここできちんと理由を聞けば良かったのだが、ニコルはそのような性格ではなかった。

 自分の主観で判断し、やはりレオンも村のだらしないオヤジ共と同じ男だったと早合点したのである。

 そこからのニコルは騒ぎまくっていた。幸い近くに家はない。不審に思う村人はいなかったのは幸いだった。

 さんざん騒いだあげく、責任を取るつもりはあるのかと突然と聞かれる。

 

 ニコルも十三歳である。流石に男女がどういう行為に及ぶかは分かっている。

 少女の着衣はボロボロだった。レオンは相当乱暴な事をしたのだと理解したのだ。

 しかし、その目には何故か涙が浮かんでいた。

 短いとはいえ親しくしていたレオンが乱暴な事をするとは思っていなかったのだ。

 身体を震わせるニコルに、レオンは説明を始める。

 

 ニコルやアデライドに誓ってもいい。何も恥ずかしい事はしていないと誓った。

 山で大怪我をした少女を見つけたと。

 周囲には誰もおらず、このまま放置すると死んでしまうだろう。

 助けられるのであれば助けたかったので家に連れてきたのだと。

 

 いつになく真剣な顔をして説明をするレオンに気圧されたのか、ニコルは自分は間違った理解をしてしまったかもしれないと気づいたようだ。


 レオンは更に続ける。

 介抱はしたいのだが、自分は女性の扱いに慣れていない。

 ましてや着替え等できる訳もない。申訳ないがアデライドを呼んで助けてくれないだろうかと。

 レオンは少女を背負ったまま説明を続けている。

 ニコルはまだ納得はしていないような雰囲気ではあったが、少し思いなおしたようだ。

 いつも通りとまではいかなかったが、レオンが一緒に同行することで納得してくれたようだ。

 少女を一人に残すのは心配だったが、寝室のベットに鎧を着用させたまま寝かせてアデライドの家に二人で向かう。

 アデライドの家は歩いて十分位は離れている。

 家に着くなり、今日招かれていた夕食に間に合わなかった事を詫びたのだった。

 理由を尋ねるアデライドにニコルにした説明と同じ事を言う。

 少し疑問に思ったようだが、概ね信じてくれたようだ。

 母娘でも性格の違いなのか、信用度の違いなのかはレオンには分からない。

 信じて貰えない事には助けてもらえないので、別の意味でレオンは必死だったのかもしれない。

 謎の少女を介抱をするという事だから、着替え等は当然ないですよね?とアデライドに確認される。

 当然の指摘すらレオンは失念していた。

 相当焦っていたのだろう。

 それを見たアデライドは着替えを準備するという理由で少女の体格を確認してくるが、レオンには答える事ができなかった。

 答えに詰まっているとニコルが助け船を出す。

 ママと同じ身長で、ママより痩せていると言い放つ。

 真っ赤になる母を見ながら舌を出すニコル。

 レオンは別の意味で感心していた。

 あれほど自分に向かって怒鳴りながら、少女の事をきちんと観察していたんだと。

 そんなレオンの得心が言った顔を誤解したアデライドは珍しく頬を膨らませたまま、私は太ってはいないと強調する。


 自分の得心顔が誤解させたことに気づいたレオンは、慌ててフォローする。

 自分は太っているとは思っていないと、むしろ女性らしくて美しいと。

 フォローにならない事を言ったような気がしたのだが、アデライドが顔を赤くしていた。

 その後、嬉しそうな顔をしたので、とりあえず誤解は解けたかと安堵する。


 その後は着替えを準備してくれた母娘二人と一緒にレオンの家に向かう。

 簡単な軽食をバスケットに詰め込んでいてくれていた。

 家についたら母娘二人に少女の世話を任せて、水を汲んだり湯を沸かしていたレオンであった。

 ようやく三人も人心地がついたので、ダイニングのテーブルで現状の確認のための話を始めたのであった。

 

「うん。そうだね。彼女の周囲には争った痕跡は全く無かった。彼女の足跡すらなかった。俺の足跡だけだったんだ」

「それで空から落ちてきたんではないかと思ったのね?」

「そういう事。木の枝がクッションになったかまでは分からないが、それ程酷い怪我はしていなかった。むしろ別の所で負った怪我が殆どだった」

「それにしては綺麗な身体だったわね。殆ど傷もなかったし。右腕も骨折していたかと聞いたけど折れていないようだったわ」


 アデライドとレオンのやり取りの中で、怪我は殆ど治癒している事がわかりレオンは安堵する。

 逆にアデライドは聞いた話と違う怪我の程度だったので疑問に思っているようだ。

 その表情を読み取ったレオンは今まで話していなかった事を語る事にした。


「隠していたという事では無いけど、俺は以前冒険者をやっていた事は知っているよね?」

「はい。クラスまでは聞いていなかったけど、治療系の特殊クラス?」


 なんとなく腑に落ちてきたアデライドだが、念のため確認してきたようだ。


「そうだね。治療の魔法が使える。状態異常の治療もできる。あとは簡単な退魔ならできるかな」

「・・・凄い。私は冒険者には詳しくないけど、それは特殊な技能よね?」


 レオンは、ある程度の情報を提示する。今は少女の世話が優先だと判断したようだ。

 それを察したのかアデライドは必要最低限の会話で済ませようとしてくれている。

 しかし、それを許さないのが娘のニコルだ。

 元々レオンの過去が気になっているのだ、良い機会だとばかり突っ込んで来た。


「レオンはプリーストに見えないじゃない?治療の魔法が使えるクラスはそんなに多くないと思うけど。何のクラスなの?」


 アデライドは、たしなめる目をしているがニコルは気にしていないようだ。

 レオンは困ったような顔をする。クラスを告白するには躊躇いがあるようだ。


「ニッキー。レオンも語りたくない過去はあるのよ。それに今優先する事は違うでしょ?」


 アデライドは言う事を聞きそうもない娘に声を掛けて反省を促す。

 母親が怒っている事を理解したニコルは渋々引き下がる。

 心の中では納得はしていないようだった。

 

「レオン。ごめんなさい。今はあの娘さんの事が優先だから。レオンの魔法で治癒が出来たというのは理解したわ。でも意識までは戻らないのね?」


 話を元に戻してアデライドは状況を確認している。

 

「治癒魔法は怪我を治す魔法だ。状態異常回復は意識を失っているのを気付かせるものではないんだ」

「だから自然に目覚めるのを待つしかないと?」


「そうなるね。明日になれば目覚めるのか、それ以上かかるかはわからない。そこは待つしかない」

「目覚めたらどうするの?この家で生活させるつもり?」

「そこまでは考えていなかった。話しをしてみないとわからないけど、仲間の所に戻してあげたいとは思っている」


 そこまで一気に確認したアデライドはレオンを見ながら考えを纏めているようだった。

 レオンにもアデライドが何を言いたいかは、なんとなく分かっている。

 自分自身はあっさりと受け入れてもらえたが、この村の住人は余所者を嫌っている。

 

「どんな身分の娘だと思っているの?」


 アデライドの質問はレオン自身も気になっている事だ。今の所何者かは分かってない。

 普通の人族では無い事は分かっている。

 亜人かと最初は思ったのだが、世話をしたアデライドの反応を見る限りそうでもないようだ。

 他人との接触が多くはないレオンではあるが、助けた少女はどのような地位の者なのか分からない。

 装備から見るとそれなりの武人のようでもある。素材がよく分からない服装をしていたのが気になっている。

 レオンが知っている王族や貴族や上流階層でも見たことがない素材だった。

 少女が特別な存在である事は確実なのだった。

 可能性はいくつか考えられるのだが断言はできない。


「正直に言うと分からない。特別な存在である事は確かだと思うのだけど。不明点が多すぎる」

「そうね。私も普通では無いと思うわ。着ている服は見たことがない素材だし。年齢は分からないけど体つきが違うわ。なんというかよく鍛えられているという印象」

「やはり、そう思うか。付け加えると武器を持ったのは最近だと思う。手のマメが最近出来たものばかりのようだった。剣を握ったことがない手だった」

「こんな田舎の村に突然現れるなんて。結局本人から聞くしかないのね」

「困らせてしまって、済まない。放置する訳にもいかなかった」

「私達は迷惑に思ってないわ。人助けは当然よ。私が気にしているのは、レオンの敵にならないかという事よ」


 アデライドの言葉にレオンはドキリとする。流石にその想定はなかった。

 不意を突かれた事が顔に出ていたようで、アデライドが心配そうな顔をする。

 レオンの過去を詮索するつもりは無いのだが、冒険者という暮らしをして恨みを買っている可能性を考えたのだ。

 その顔を見たレオンはつい聞いてしまった。

 

「俺がこの村にやってきた時はそんなに酷い顔していたのか?」


 アデライドは優しい微笑みに変わってレオンに返事をする。


「私はその時は、あなたに会っていないから分からないけど。村長から聞いたところだと、世の終わりを体験してきたような顔をしていたみたいよ。拒んだら死んでしまうんじゃないかと心配して受け入れたそうよ」


 本当にこの村は情報が伝わるのが早いし、よく届く。

 レオン自身は気づいていなかったが、そんなに酷い顔をしていたのかと今更ながら村を訪問した時の気持ちを思い起こしていた。

 当時は心が疲れまくっていた。自棄になっていたような気がする。

 何もかもどうでもいいと思っていた頃だった。

 そして自分があっさりと受け入れられた事がなんとなく理解できた。


「刺客という可能性は無いだろう。俺はそれ程大物でもないし、強い恨みを買った覚えもない。そこの心配は不要だと思う」


 確信はないが多分大丈夫だろうと思っている。それに刺客を送るなら別の方法が有効だろう。

 そもそも今回の出会いは本当に偶然であると思っている。

 こんな周到に用意された出会いはあるはずが無いと思っている。


「そうなのね。話を戻すけど、あの子が目が覚めるのを待つしかないのね」


 アデライドが軽く溜息をつく。

 同時にレオンが何かに反応する。

 寝室の方で物音がしたような気がしたのだった。

 それに気づいたアデライドはどうかしたのかという表情になる。


「寝室で動きがあったような気がする。忍び込んで来る者はいないと思うから、目覚めたと思う。済まないが二人とも一緒に来てくれないか?」


 レオンの言葉に二人にわずかに緊張が入る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る