ドロップアウト ~引退した冒険者と異世界からの落伍者
ナギサ コウガ
1.森で少女を見つける
レオンは小さな村の住人である。
元は冒険者をしていた。年齢的に無理が近づいたので冒険者を辞めて、この村に永住したいのだと村人達には説明している。
この村に住む事になってからまだ半年も経っていない。
村ではレオンの年齢でも働き盛りの若者扱いである。
暇なときには村の手伝いをして、のんびり過ごしている。ゆったりとした暮らしを満喫している。
特に年寄りが住んでいる家は重宝しているようで、口々にレオンが来てくれて助かったと言いながら用事を言いつけてくるのだ。
レオンも頼られるのが満更でもないので、朝食や夕食を対価に頂く条件で用事をこなしているのだった。
今日も、ある村人のお使いで山に山菜を取りに来ていた。
厳しい雪が積もる冬が過ぎ、春の暖かさを感じる季節になってきた。
足元はまだゆるい所もあるので、年寄りはまだ山に入れない。
その代わりにと、レオンが山に入っているのだった。
そのレオンは唖然としていた。
彼の目の前には山菜では無い、他のモノがあったのだった。
この地域では見る事がない少女であった。
なぜ、この錆びされた地方の田舎にこんな少女が?
ようやく驚きから抜け出し、慌てて周囲を確認する。
周辺の土は柔らかい。足跡はレオンのモノしかなかった。
そうなると少女は何処から来たのだろうか。
まだ村の周囲の山に詳しくないレオンは、この付近の山の地理を脳裏に思い浮かべる。
しかし、この周辺に村があるとは聞いていなかった。
そもそも周囲には足跡が自分のものしかないのだ。
空を飛んで落ちてきたのだろうか?そうなると人族では無い事になる、鳥人系の亜人かもしれない。
今度は少女を観察してみる。
周囲の土も、足跡や引きずった跡も無い。本当に空から落ちてきたのだろうか。
よく見ると少女の周辺には木の枝が多数散らばっていたり、体に刺さっていたりもしている。
ゆっくりと目を上に向ける。
もう昼を過ぎているので、上を見ると太陽が眩しい。
太陽を見ないように手をかざしたりして上を見ると、周囲の木のいくつかの太い枝が折れているように見えた。
これは本当に空から落ちてきたのかもしれない。
そうなると少女は生きていない可能性が高い。
先に生存しているか何故確認しなかったのかと、レオンは慌てて少女の近くに近づき、生存の有無を確認する。
少女は見た目でも直ぐに分かる程、深く傷ついている。
空から落ちただけでつく傷ではない傷が圧倒的に多い。よく見ると鎧の隙間から出血が認められた。
この少女の事情等は知らない。
助かるのであれば助けないといけない。何故か助けたいと思った。
少女は呼吸をしているように見えない。
素材は分からないが上半身を覆う青いスケールアーマーを着ている。
この鎧はかなりの箇所が破損している。何やら焼け焦げた部位もある。これは補修しようもないのでは無いかとレオンは思う。
鎧の下には見たことのない素材の服を着ている。
左手は素肌がそのまま出ており、手にはグローブをつけている。左腕はやや変な方向に曲がっている。骨折か、関節が外れているのだろう。
右手は革製の胸当から伸びた袖に覆われており手首まである。これもボロボロになっており、血塗れになっている。
腰には矢筒を装備しており、数本の矢がかろうじて残っているのみだった。弓使いかもしれない。
下半身は白いショートパンツだと思うが、これも血がついている。足は長い靴下のようなモノを履いているが、体にぴったりとしている。これも素材がわからない。
靴に至っては見たことが無いデザインだ。
そもそも少女自体が普通ではないようにレオンは思った。
なんというか、これまで見たことが無いのだ。女性をやや苦手にしているレオンにはピッタリとした表現が思いつかない。
髪は汚れて乱れているが、背中まで届いている長さだ。やや青みががった黒髪である。
顔は傷だらけて、打撲で晴れている箇所もあるが、傷ついていない箇所は白くて綺麗だ。他に表現があるかもしれないが思いつかない。
今は目は閉じているので瞳の色等は分からないが、長いまつ毛は溜息が出る位長く、美しく感じだ。
唇も今はカサカサとしているが、ピンク色でふっくらとした柔らかさがあるに違いないと思う。
呼吸をしているかを確認するために少女の顔に近づいているため、不覚にも顔もじっくりと見てしまったのだった。
この世のモノではない美しさと気高さを感じてしまったレオンだった。
「・・・綺麗だ」
思わず呟いてしまった。
生存を確認するためとは言え不要な観察をしてしまった事を恥じながら本来の生存確認に意識を戻す。
木々のざわめきや鳥の声の中ではあるが、かすかに呼吸音が確認できた。
弱弱しくはあるが規則的だ。
「・・・まだ、間に合うか」
レオンは少女の体の近くに両手をかざして呪文を唱えている。
久しぶりに使うので前に使った時より手間取ってしまっていた。
魔力が治癒力に変換されたのを感じた所で力を解放する。
「ヒール」
レオンの手から白く輝く光が溢れ出る。
ゆっくりと光が少女の体を覆う。やがて光は消えていった。
見た目には何も変わらないように見える。
経験則から重症患者にはヒール一回では治癒しない事は分かっている。
「思ったよりも効きが悪い。俺の魔力が足りないか・・・この子の怪我が深刻かのどちらかだな」
呟きながら、再度ヒールの呪文を唱える。
村人には詳しく話していないが、レオンは冒険者をやっている時のクラスは聖騎士であった。
ある神を信仰し、その神の力を借りて治癒等の軌跡を発現するのだ。
何故聖騎士が冒険者をやっているのかと誰しも疑問に思う事なので、その辺りの事情を話しをしたくないレオンは適当にごまかしている。
余程の事がない限りは冒険者時代の能力は封印すると、この村に移住する時に極めていたのだった。
今は封印している時ではないと判断した。
手遅れかもしれない。しかし、助けられる可能性があるのだ。
何故かレオンはこの少女を助けたくなった。死なせたくなかった。
理由を問われても分からない。
昔から人の生き死にには冷淡であった。余程の事がない限り他者を助けようとは思わなかった。
他者に気を使う位なら自分の生存の確立を上げるために努力すべきなのだ。
この世界では珍しい部類に入る治癒魔法も自分のために使うべきだと信じているのだ。
一時でもパーティを組んで行動する事はあったが、治癒魔法を使った事はなかった。
相手が怪我を負うのは自己責任だ。
自分の能力を公開していない以上怪我をした時の考慮をしていないのは本人の怠慢と考えていた。
そのような態度であるから、軋轢が生まれパーティとしての行動は極力避けてきた。
自身の行動に制約がかかるのは耐えられなかったというのもあった。
そのレオンが何の関係もない少女を助けるという気持ちになるのは、冒険者時代を知っている者からすれば驚異な事なのだ。
村に移住したから気持ちが変わったのか、少女が特別だったのか。
レオンにすら回答は分からない。
とにかく死なせたくなかった。
何度も少女に向けてヒールを使う。
魔力も尽きかけて、体の重さが増してきたころに少女に良い兆候が出てきた。
呼吸がしっかりしてきたのだった。気のせいかもしれないが頬の血色も少し戻ってきたように感じる。
細く綺麗に整った眉も少し動いていたようで、眉間にわずかだが皺が寄っていた。
痛みを堪えているのかもしれない。
確実では無いが少しは意識が戻ってきている証拠でもある。
「なんとか助かるかもしれない。しかし、この場所に放置するわけにはいかないよな。家に運びたいが村の人に話した方がいいのかが難しい」
レオンは暫し思考する。
迷った挙句自分の家に連れていく事にする。隠し事をする必要は無い。山で怪我をしたから保護しただけなのだ。
小さい村なのだ。誤魔化してもいずればれる。それにこの村では自分の気持ちに素直でいたかった。
「問題はどうやって運ぶかだな」
未だ意識が戻らない少女を見ながら、心の中の考えが言葉に出てくる。
いまいる山は決して楽な山では無い。道という道は無い。所々急峻な道もある。
少女を抱えて山を下りられるかを考えていたのだ。
この年齢になるまで女性との接触が少なかったレオンはこの手の事は苦手である。
肩を貸すように下山したいのだが、少女の意識が未だに戻らないので却下だ。
抱っこするような形で下山する事は山の傾斜を考えると両手が塞がるのは避けたいので却下だ。
背負うにも同様な理由で両手が空かないのは避けたいが、なんとか片手を開ける事で対応するしかない。
壊れ物を扱うようなぎこちない手つきでレオンは少女を起こす。
やはり意識がもどっていないため、上体を起こすのですら苦労する。
なんとか背中に移動させて背負うとしたときに重大な事を忘れていたのに気づく。
背負うには少女の太ももに触らないといけないのだった。
長い靴下のようなものをはいているがほぼ素肌に触っているに等しかった。
「他意は無い。人助けの為にやっているんだ。決して邪な考えはない」
言い訳をするように呟きながらレオンは少女を背負ったまま立ち上がる。
思ったより少女は軽かった。
歩き出そうとしたときに少女が意外な行動を取ったので固まってしまった。
無意識なのだろうレオンの首に手を回してきたのだ。自分の体を安定させるための無意識の行動なのだろうか。
緊張しながら少女の意識が戻っているか確認をする。
やはり意識は戻っていないようだ。しかし、無意識でも行動ができるのであるなら治癒の効果はあったと判断できる。
驚きから回復したレオンは少女の無意識の行動に安心しながら山を下っていく。
山下りの道は思った以上に滑って危なかった。
普段は気づかなかったが自分の体重以上で下っている時と比べて必要以上に下半身に力が必要だった。
少女が予想以上に重かったという訳ではない。重心のバランスが普段と違う事に気づかなかったのだ。
必然注意深く足を進める事になり、腰の位置も低くなる。結果、思ったペースでは進めなかった。
何度もバランスを崩してしまうので、何度か背負いなおす必要もあった。
そのたびに背負う少女の体勢を整えないといけない。
鎧を着たままでよかったとレオンは思った。お陰で密着感をそれ程感じずに済んでいる。
これが無かったら主に精神面で危なかったかもしれない。
そんな事があったのでかなり時間を使って山を下りたのであった。
気づけば夕日も沈み辺りは暗くなってきていた。
村人からの用事の事はすっかり忘れていたレオンだった。
レオンが住んでいる家は村のハズレにある。長らく誰も済んでいなかった家だった。
石組の土台に、石で積み上げた壁に白い漆喰を縫っている。屋根は赤茶色のレンガで葺いている。
中は一人暮らしのレオンには広い間取りだ。
ドアを開けると家族が寛いだり客を歓待するための大きなリビングがあり壁越しに台所が設置されている。
台所には小さな入り口があり、外にでるとそれほど大きくないが倉庫と井戸がある。
寝室や私室に使う部屋は三つあり、今は寝室しか使っていない。
前の家主の趣味だったのか大き目の浴室がある。その隣にはトイレもある。
以前は五人の家族が住んでいたそうだ。だから広いのだと説明を受けたのだった。
この家を希望したのはレオンだった。
山に近いため近隣の家より高い位置に家が建っており、村の家々や畑、川等が一望できる眺めが気に入ったのだった。
少女を休ませるには寝室を使うしかない。ベットがそこにしかないからだ。
自分はリビングの床にでも毛布を敷いて寝ればいいと考えている。
一緒の屋根で寝るのを拒むのであれば倉庫に寝ればいいかと考えていた。
片手をなんとか開けて家のドアを開ける。
空けた途端に声が聞こえてきた。
「おっそ~い!ママが夕食に招いていたの忘れているの!もう夜になっているのに!」
リビングの椅子に腰かけていた少女がドアが開くなり喚く。
レオンは一瞬驚くが、夕食に招かれていた事を思い出し焦っているようだ。
少女はそのまま玄関のレオに向かい、更に文句を言おうと開きかけた口が固まる。
「誰?その人?」
少女は絞り出すように言う。表情は信じられない顔をしている。
レオンが夜に女性を背負って帰ってきたのだ。
身体を震わせながら睨みつけていた。
いくらレオンでも誤解をさせている事は理解できる。
慌てて説明しようとしたところに少女の絶叫が響き渡る。
「不潔!ケダモノ!大人しそうな顔をしていて、やっぱりそういう男だったのね!」
寸分の狂いもなく誤解している。
もう少し事情を聞く耳を持ってもいいのだが相手がこの少女では聞いてくれるわけもない。
心の中で呻きながら早く説明をしないといけないと唸っているレオンであった。
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