紙コップとマスク

矢凪祐人

第1話

 マスクを外して畳み、トレーの脇に置いた。トレーの上のカレーから漂うスパイシーな香りが成長期の胃袋を鳴らす。いつもと同じものだが飽きないものだ。少し椅子をテーブルに近づける。手を合わせて小声で「いただきます」と呟いてスプーンを手に取った。この瞬間が一番安心できるように思う。食事中は人と話さない理由ができるからだ。それなのに。


「なあ、宮野。ちょっと聞いてくれよ」

 同じクラスの山内だ。いつも勝手に向かいの席に座るやつだ。「聞くよ」と言わなくとも勝手に話すんだろ、と思いながら返答する。

「別に聞くけど」

「磁石ってあるだろ。鉄とか磁石とかを引き寄せるやつ。あれってさ、ガラスとかプラスチックとか紙とかは引き寄せないじゃん? それはガラスとかプラスチックとか紙とかに磁力に反応する力がないからであって、その力を持ってる磁石や鉄は引き寄せられるんだよな。だから磁石は、磁石やそれに似たもの、共通の要素があるものだけを引き寄せる力があるってことだよな。似た者同士が引き合う力みたいだな、って思ってね。恋ってのも同じなのかなって」


 まくしたてるように話す山内は、「恋」の部分に変な抑揚をつけて言い切った。持論を語り終えた彼は、信じられないことに得意気な顔をしていた。そしてその得意気な顔のまま自分のラーメンを勢いよくすすった。


「え? 詩人みたいだね」


 皮肉を込めて言ったつもりが、山内は「そうかなぁ」と満更でもなさそうに頭をかいた。山内はそういうやつだ。僕は意味もなくカレーの中のジャガイモをスプーンで二つに割った。


「で、結局何が言いたいの?」

 聞くと彼はにんまりと笑って言った。

「俺、中井さんのことが気になってるんだ」


 その名前を聞いて声が出そうになる。しかし、音を立てて不用意に食堂にいる他の人達の注意を引くのは僕の望むところではないので、すんでのところで声を飲み込んだ。動揺を悟られないように山内に適当な質問を投げる。


「どういうところが気になってるの?」

 山内はニヤニヤとしながら、ラーメンに浮いた油を一つにして大きくする遊びを始めた。

「中井さんって友達も多いし、クラスでも人気だけど、なんか少し俺たちに似てるところがあるっていうか。もとは同じなんじゃないかと思う時があって、そういうところかな」


 ここで言う「俺たち」というのは、昼食を食堂の隅で食べている僕たちのことだろうし、教室では一言も話さない僕たちのことだろうし、体育の授業で「グループを作って」と言われた時に冷や汗をかく僕たちのことだろう。それに彼女が似ている気がする、という言葉に同意できなかったといえば嘘になるが、それはこちらの勝手な妄想であるということを、彼よりも大人な僕は知っていた。


「でも、中井さんはみんなに人気があるし、僕たちみたいだって言うのもこっち側の勝手な思い込みだろうし、僕たちみたいなのには多分見向きもしないよ。絶対彼氏の一人や二人はいて、その彼氏はいつも人の中心にいる様な人なんだ」


 変に感情的になってしまった。あとに残るのは苦い自己嫌悪。自分の意見を言うというのはどうしても嫌いだった。スプーンでカレーをいっぱいにすくって一口で食べた。細かくなったジャガイモが意外にも食べやすかった。聞いた山内は含みを持たせた表情でとんでもないことを言った。


「もしかしてお前も中井さんのこと好きなの?」

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