由佳ちゃんのこと

桂 叶野

由佳ちゃんのこと

 隣の席の遠藤由佳ちゃんの口癖は「ロクなもんじゃない」だった。私がYouTubeで見つけたちょっとマイナーな音楽も、雑貨屋さんで買ったレトロチックなネックレスも、提案するお出かけプランも、果ては選ぶ喫茶店すら由佳ちゃんにとっては「ロクなもんじゃない」ものでしかないようだった。


 由佳ちゃんには友達がいない。つねに他人の何かにケチをつけて、ロクなもんじゃない、ロクなもんじゃないと呪っているのだから、避けられない、不可抗力みたいなものだと私は考えているのだけれど、由佳ちゃんに言わせるとそれは、

「正直に話しているだけのことだし、その程度で私を嫌うなんて、どうせロクな奴じゃない」

 だそうだ。



 由佳ちゃんには小学四年生の弟がいる。由佳ちゃんの弟は、由佳ちゃんの世界で唯一ロクなもんじゃなくない人間らしかった。由佳ちゃんは弟を何より大事にしていて、弟のためならロクなもんじゃないものだって無理矢理受け入れた。

 由佳ちゃんのお母さんはパートタイマーで、由佳ちゃんのお父さんはサラリーマンだった。二人とも妙に忙しく、お父さんに至っては半月ほど帰ってこないことも多々あるらしい。私のお母さんは由佳ちゃんの家を、

「家庭崩壊してるのかも」

 と言う。私のお父さんはそのたび、

「他人の家の詮索をするな」

 と釘を刺すが、そういうときのお父さんは少し下世話というか、嬉しそうな顔をしている。由佳ちゃんに言わせればきっとこれも「ロクなもんじゃない」表情なのだろう。きっと由佳ちゃんは両親の代わりに弟を育てているつもりなんだと思う。


 由佳ちゃんは大体いつも無理をしている。高校生にしては達観しすぎていて、その割りに全てを拒絶する辺りは年齢以上に子どもっぽい。

 おそらく由佳ちゃんの中には二人の由佳ちゃんがいる。弟を守るためにうんと大人ぶった由佳ちゃんと、両親に構ってもらえない寂しさでいつまで経っても大人に近づけない由佳ちゃんと。私は大人ぶった由佳ちゃんのことが何となく心配なのだけれど、由佳ちゃんはそちらの自分をいいように利用している。



 由佳ちゃんは高校を卒業したらそのまま働くのだという。由佳ちゃんは成績も優秀で、人望はないけれど自立はしている。勉強も好きらしい。大学へ行ったほうが由佳ちゃんのためになるとは思うのだけれど、由佳ちゃんはそれすら、

「大学だなんて、チャラついてる時間が無駄。勿体ない。どうせロクな場所じゃないし、私はさっさと働いて一人で生きていくの」

 と諦めたようにまくし立てた。


 由佳ちゃんの人生がロクなもんじゃなくなる過程を、私は隣の席で日々、まざまざと見せつけられている。由佳ちゃんは自分の人生が好転しないことを予期している。由佳ちゃんはきっとこのまま、本当に高校を卒業したら働きに出て、そのまま無難に仕事をこなしながら、あんまり好きじゃない人と付き合って、結婚して、子どもを産んで、お母さんになったりするのだろう。そのころには私とも疎遠になっていて、子どものために慣れない人付き合いをしている過程で私のことをちらっと思い出すのかもしれない。

 そのとき、由佳ちゃんの中で私はどんなくくりなのだろう。

 案外、ロクなもんじゃないけど、確かに友達だったと思ってもらえるのかもしれない。

 そのときの由佳ちゃんにとって、それはどんな意味を持つのだろう。

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