第251話 ドミーとエンダ、同盟する

 「我が【赤の裁き】を!?そんなことは無理だ!できるはずがない!」


 俺の提案を聞いたエルンシュタインはうろたえた。

 少し、強引だったかもしれない。


 彼女と【守護の部屋】の間の因縁、【馬車の乱】で植え付けられた恐怖。

 王家を裏切った大貴族から大体の事情は聞いている。


 それでも、俺は自ら【守護の部屋】を操る気分になれなかった。

 

 「我は…あたしは…出来っこない…」


 先ほどまでの威厳は失せ、十代の少女としての顔をのぞかせるエルンシュタイン。

 ちらりとかたわらに控えるライナとミズアを見たが、2人とも何も言わない。

 じっと推移を見守っている。


 決めるのは、俺とエルンシュタインだ。


 「あなたに無理を承知でお願いする理由は2つある。1つ目、突入するミズアとライナが負傷したとき、治療できるのは俺しかいない。さすがに、あの巨人に無傷で勝てると楽観視できる状況ではありませんし」

 「…もう1つは?」

 「もう1つは…」


 周囲にいるムドーソ王国の面々に目をやる。

 ライナとミズアと同じく、何も言わなかった。


 「100年続くエルムスとの因縁に決着を付け、このムドーソの地を呪いから解放する役目。それはあなたにこそふさわしい」

 「役目、か」

 「はい」

 「ムドーソを滅ぼす貴様ではなく、我がか?」

 「俺は、ムドーソの歴史にとってただの脇役です。誰も下ろすことができなかった幕を下ろすよう言われただけの、脇役。ただ、あなたは違う」

 「誰に言われたのだ?そんな損な役目を…命じた者はよほど人使いが荒いようだな」

 「お調子者の天使、とだけ言っておきます。俺はただの代理人です」


 エルンシュタインは黙りこくった。

 エルムスを取り込んで停止していた赤の巨人は、再び動き出そうとしている。


 【ドミー軍】の大半は攻撃を加えつつ後退しているようだが、再び活動を再開すればどうなるか分からない。


 時間はない。


 「…1つだけ聞かせて」


 か細い声が聞こえた。


 エルンシュタイン、いや、エンダの声と言うべきだろう。

 王としての立場を捨て、1人の人間として俺に接している。


 「どうしてあたしにできると信じるの?誰も、あたしがまともに【守護の部屋】を扱えると思わなかったわ。みんな小心者、臆病者だと蔑んだわ」

 「そんなことはない」

 

 必要なのは、ほんの少しの勇気。


 「あなたは勇気を振るい、代々の王の想いに応え、暴虐な王エルムスを退けた。小心者でも、臆病者でもない」


 俺はこれでも、結構な数の人を見てきている。

 彼女は、最後には立ち上がれる人間だ。

 ライナやミズアと同じように。


 「あなたが恐怖を乗り越え、災厄に打ち勝ち、この地に真なる平和をもたらすと信じます」


 

==========



 「私が、エンダのそばにつきます」


 ドミーがセリフを言い終わると同時に、背後で声がした。

 ずっと聞きたかった声だ。


 【道化】の姿をした、自分をずっと守り続けてくれた女性。

 少しふらついているが、命に別状はなさそうだ。


 「ドロテー!無事か!?」

 「事情は、先程聞きました。ごめんなさい。あなたが危険な時に、そばで守ってやれなくて…」

 「そんなことはない。あなたはずっとあたしを守ってくれた。あなたのおかげで、エルムスもやっつけられたんだよ…!」

 「エンダさま…立派になられて…!」

 

 ドロテーと抱き合い、その柔らかな体に触れると、涙があふれそうになる。

 でも、まだ涙は流したらだめだ。


 「あたし、頑張るから。【守護の部屋】を動かして、エルムスを倒すから。見守っててくれる?」

 「何があっても、おそばでお守りします!」

 「もう、何よドロテー。泣くのはあたしの役目でしょ」

 「すみません…」


 覚悟は決まった。 

 あたしは、ドミーが与えられた機会に乗る。


 この国の王として、最後の使命を果たすんだ。



 ==========



 「分かったわ。あたしはやり遂げてみせる。その代わり、あなたたちもやり遂げるのよ」


 エンダとの間に、同盟が結ばれた。

 次は、俺たち3人の役目。


 「エンダさん。この戦いが終わったら、正式にお友達になりましょう」


 ライナが初めて口を開き、にっこりと笑う。


 「もちろん、ミズアを含む3人でね!ドミーの恥ずかしい話もみんな聞かせてあげるから」

 「ええ。たっぷりと聞かせてもらいましょう」

 「み、ミズアはそんな恐れ多い…」

 「大丈夫よミズア。エルンシュタイン王はエンダになる。それは、終わりじゃなくて始まりだから」

 「じゃ、じゃあ。エルンシュタイン…じゃなかった、エンダさま」


 ミズアは、もじもじしながら語りかけた。


 「ミズアとも、友達になってくれますか…?」

 「ええ。メクレンベルクの領地にも遊びに行くわ。エルンシュタインではなく、エンダとして」

 「…ありがとうございます。胸のつかえが取れた気分です。では、ライナ」

 「ええ」


 2人は俺の方を振り向いた。


 「行きましょう、私の愛する人よ。最後の戦いへ!」

 「このミズア、愛するドミーさまを最後までお守りいたします!」

 「ああ!話し合いの時間は終わりだ!世界を守るためにあいつをぶん殴るぞ!」

 「「了解!」」


 3人してアマーリエの盾に乗り込み、【守護の部屋】を離れる。

 盾はゆっくりと移動を初め、妄執に囚われたエルムスへと近づいていく。


 「ねえ!」


 その途上で、ライナが声を上げた。

 

 「なんだ?怖くなったか?」

 「キスして!」

 「はあ!?」

 「念のためよ!ミズアもそうでしょ?」

 「はい!ミズアたちに、最後の力をお与えください!」


 2人の顔を見ると、俺に隠してはいるが、ちょっぴり怖がっている。

 もちろん、自分が死ぬことではない。

 

 この中の誰かが欠けることだ。

 

 「分かった!近くに寄れ!」

 「じゃ、じゃあ…」

 「お、お願いします」


 おずおずと近づいて来た2人に俺は口づけをー




 しない。


 「ひゃあっ!?」


 ライナの腋とー、


 「ひうんっ!」


 ミズアのお腹を触った。


 久々の本気【絶頂】である。

 2人とも膝をガクガクと震わせ、顔を紅潮させた。


 「ふはは、これで元気が出たー」

 「…こんの変態ドミーがああああああああっ!」

 「ドミーさま、ミズアもライナに同調します!」

 「へぶうううううっ!」


 が、2人とも一瞬で立ち直り、俺にラリアットを食らわせた。


 「こんな時に何してんのさ!」

 「キスは最後の褒美だ!」

 「ほ、褒美ですか?」


 俺は湿っぽい別れのキスなぞするつもりはない。

 キスとはもっと情熱的に行われるものだ。


 「あのデカブツを先に仕留めた方に口づけをくれてやる!それまではお預けだっ!」


 2人の表情がさっと変わった。

 そうだ、それで良い。


 「えええええい、やってやる!やってるわよおおおおおお!」

 「ライナには、負けません!」


 3人ともハイになって、一つ目の巨人へと立ち向かっていった。




 これぞ正真正銘、最後の戦いだ!

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