第238話 ドミー、さらわれる
台座に置かれた銀色の鍵は、何の変哲もない形をしている。
ラムス街の家屋のものと言われても信じられるほどだ。
特に障壁や覆いに守られているわけではないため、そのまま手で鍵を拾える。
流石にそこまで楽観視はしていないが。
「そのまま手で取ろうって思ってないわよね?」
「まさか。ライナ、頼む」
「うん。1番弱い力でやるね。【ファイア】!」
ライナが【ルビーの杖】をかざし、火球を放った。
直接鍵を包み込むのではなく、熱風で台座から滑り落ちるように仕向ける。
かたん。
何事もなく鍵は台座を離れ、大理石の地面に落ちた。
順調だ。
罠の類も見当たらない。
順調すぎて怖いぐらいだ。
「ドミー、早くしないと部屋全体が崩れるよ」
一瞬の躊躇を見透かされたのか、傍の少女がじれったそうに声をあげる。
部屋の振動はゆっくりだが着実に激しさを増しつつあり、天井からパラパラと石のかけらが降ってきていた。
「よし、私が拾う!」
「ダメだ。罠があったらどうする?」
「私はあなたの忠実な臣下よ?それぐらい覚悟してるわ」
「同時に俺の愛する妻でもある」
「い、いきなりそんなこと言うのは、反則…」
エルンシュタイン王は、鍵そのものには何の細工もないと言っていた。
鍵は【守護の部屋】の主が暴走した時、それを止めるため誰でも利用できるようになっている。
だからこそ、このように厳重な施設の中で守ってきたのだ。
罠があるなら早く明かされるに越したことはない。
「ぐぬぬぬぬぬ…」
だが、ライナの希望も尊重しなければならないか。
ならばー、
「よし、一緒に触ろう。それでいいな?」
「…そうね。それが1番いい」
俺とライナは共に鍵に手を伸ばす。
寸前まで近づいて一瞬動きを止めるが、特に何も起きない。
互いに深呼吸をしてー、
「「せーの!!!」」
鍵を互いに掴んだ。
==========
ライナのほっそりとした指と自分の指が、【守護の部屋】の鍵に重なっている。
何の衝撃もない。
俺は右、ライナは左と周囲を警戒するが、モンスターや自動人形の類も現れなさそうだ。
「罠は…なさそうね」
「流石に取り越し苦労だったか。じゃあ、早くミズアをー」
ライナの方を振り返った時、そこに彼女はいなかった。
「久しぶりね。どうやら、手に入れた鍵はあなたが真っ先に掴んだようで何よりだわ」
忘れもしない、ブロンドの髪と白銀の鎧。
記憶より少し痩せているが、眼光の鋭さは増している。
「お前は…!」
「女性以外の存在が鍵を掴むと転移魔法が発動するようにしたの。この世界に女性以外の存在は1人しかいないし、王として正当性を主張するには直接鍵に触れて【守護の部屋】を解除する必要がある」
よく見ると、今いる場所は【ムドーソ水道】の地下ではない。
鬱蒼とした木々が生い茂る、どこか懐かしさすら覚える森だ。
「さあ。そろそろ家出は終わり」
剣を突きつけ、ロザリーは冷たい笑みを浮かべる。
「あたしの元に戻りなさい、ドミー」
==========
「【操槍】!」
手を離れた【竜槍】が、最後に残った【弾球】の一部を破壊します。
これで、ドロテーさまは戦闘能力を失いました。
間髪を入れず突撃し、【竜槍】を手元に戻して、距離を取ろうとした彼女の首に突き付けます。
「…見事だ。ユッタ将軍も喜んでいるだろう」
ムドーソ王国に残った最後の武力、【道化】は完全に力を失いました。
「1つ、聞いてもよいですか?」
体のあちこちに鈍い痛みを感じながら、ミズアは口を開きます。
「なんだ?」
「なぜ、劣化した【弾球】のまま戦ったのですか?」
ほとんどの攻撃をかわしたとはいえ、いくつかは被弾してしまいました。
ですが、ミズアの体を砕くほどではありません。
最後の【弾球】を破壊した時に直感しました。
100年間受け継いできたムドーソを守るための武器は、すでに劣化していると。
「もし新しい武器であれば、勝利はドロテーさまのものだったかもしれません」
「…そうだな。だが、もしお前の【竜槍】が劣化して使い物にならなくなったとしたらどうする?捨てるか?」
「捨てません。最後まで、命を賭けて使います」
「そういうことだ。先祖代々受け継がれた【弾球】なくして【道化】は成立しない。だからこそ、敗れたのかもしれないがな…」
ドロテーさまは体から力を抜き、ミズアをじっと見つめました。
「殺せ。悔いはない」
ミズアは、【竜槍】を静かに離します。
「殺しません。ムドーソは滅びますが、その代わり新たな時代がやってきます。あなたのような優れた人間が必要です」
「ドミーの力になるつもりはないぞ」
「それでも構いません。ただ、生きてさえいてくれたら」
「…ドミーが、王に寛大な処置を下すと約束できるか?」
「はい。メクレンベルク一族の末裔として、必ずお約束いたします」
ドロテーさまの瞳から、抗戦の意思が失われるのを確認します。
これでー、
「ミズア!」
ライナが扉を開け、こちらにやってきました。
ただならぬ表情を浮かべています。
嫌な予感が、全身を駆け巡りました。
「ドミーが、いなくなっちゃった!」
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