第114話 復讐と祝福

 「皆のもの、ご苦労だった!!!」


 冷たい風が吹き荒ぶ夜。


 【征服門】の上で、俺は同胞たちに呼びかけた。

 急造ではあるが、6000名に及ぶ叛乱軍の組織化を終えることにしたのだ。

 

 ー周辺から資材を調達して生産した攻城兵器

 ートゥブの尽力によって一定の集団行動ができるようになり、3つの歩兵部隊に分かれたオーク諸部族

 ー【奇跡の森】の監視を続けている、ラグタイトを装備したオーク騎兵1000人


 いよいよ明日、この3つを利用して【イトスギの谷】方面へと侵攻する。


 攻城兵器の生産は資材不足で多少遅れたが、本日昼【奇跡の森】から木材を調達していた部隊が到着し、夜までに一定の完成を見た。


 「夜が明ける頃、諸君らはムドーソ王国領への一歩を歩み出すだろう。80年前の屈辱をそそぎ、ムドーソの弱兵どもに恐怖を与え、血の復讐を果たすのは今ぞ!!!」


 「カクレンさま万歳!!!」

 「ムドーソの奴らを血祭りに上げろおおお!!!」

 「日和見している連中の目を開かせてやれえええ!!!」


 数日間の準備を経て、士気は最高潮だ。

 皆、戦いを待ち望んでいるだろう。

 以前は「いたずらに叛逆を望む者」として迫害され、経済的困窮にあえいだ者も多い。


 だから、俺は少し挙兵を急いだ。

 

 「経済的に困窮していた者も安心してくれ!ムドーソは切り取り自由だ!我らから奪い取った財貨や産物を、オーク民族の手に取り戻そう!!!」


 「「「カクレンさま、ありがとうございます!!!」


 それゆえ、略奪は当然の権利として認めるつもりである。

 ムドーソ王国が降伏の使者を送ってくるまで、文明を破壊し続けよう。


 エンハイム、ロストック、マインツ、ゾーリンゲン。

 辺境地帯は言うに及ばず、いずれは首都ムドーソまで。

 大地を血で染め上げるのだ。


 「【オークの誇り】は、今ここに取り戻される!!!」


 それが、皆を血の復讐へと駆り立てた俺の責務だ。

  

 「…」

 だから、この腕の震えも見られてはいけない。

 6000人の命を正式に預かることになった重圧によるこの震えは。

 誰にも。



==========



 「おいナンロウ。きさま寝てたんじゃないだろうな」

 「人聞きが悪いなあ、タンセキ隊長。ちゃんと監視してますよ」


 熱狂的な夜も終わり、おいらは【奇跡の森】方面への警戒を続けている。

 この叛乱の主力、ラグタイトを装備した騎兵1000騎の1人として。

 300騎ずつ交代しながらの厳戒態勢だが、なーんもきやしねえ。


 「ちっ、緊張感のない奴め」

 隊長に任じられて舞い上がってるタンセキ隊長は去っていく。

 

 「ふん、あれで古株かよ…」

 「元は馬泥棒って話だぜ」

 「ウエンとの交渉も失敗しやがって」


 陰口は慣れっこだ。

 最初はおいらみたいなチンピラ崩れしかいなかった騎兵隊も、今やエリート集団になっちまってやがる。


 本当は、祝ってやりたかったんだがなあ。


 そんなことより、おいらはとあることが気になってた。

 毎年やってた恒例の行事が、もはやできそうにねえ。


 「ちょっとしょんべん行ってくるわ」

 「は、はあ」

 「心配すんな。すぐ帰る」


 もやもやした気持ちを晴らすために、用足しがてら散歩することにした。



==========



 「ふう。そういや、なんでこんな所いるんだろうな。おいらは…」

 男としての生理現象を解消し、すっきりした頭で考える。


 振り返ってみれば、計画的に進められたことは何もなかった。

 カクレンさまに命を助けられ、無我夢中でついていって、しまいには叛乱ときた。

 みんな熱狂してるが、明日どうなるかもわかんねえ。


 「死んだら、天国ってやつに行けるのかなあ。まあ、考えてもしかたねえ」


 背後に気配。

 おい、さすがに今死ぬのは嫌だぞ。

 慌てて振り返るが、敵ではなかった。


 「…カクレンさま?」

 「…ナンロウか?」


 偶然にも、いま会いたかった方に遭遇した。



==========



 「カクレンさまも、夜風に当たりたかったんですかい」

 「…ああ。悪いとは思っている。少しだけ護衛を撒いた」

 「いいじゃないですか。叛乱してるからって散歩しちゃいけねえって決まりはねえですぜ。ですが、敵にはちゃんと気をつけてくだせえ」

 「分かった…しかし相変わらずだな、お前は。出会った時と変わらない」

 「そのせいで、未だに一騎兵ですがね!ははははは」


 草原の端っこに潜みながら、カクレンさまと話す。

 【征服門】で演説した時より、なんだか小さく見えた。


 「そうだ!お祝いしたいと思ってんです」

 「何をだ?」

 

 生きている限り必ず訪れる日。


 「21歳の誕生日でしょ、今日。お祝いの品がなくて申し訳ないけど…おめでとうございます!」

 「…そうだったか?」

 「ええ?トゥブやギンシは祝ってくださらなかったんですかい?」

 「知っていた、とは思う。だが、2人は歩兵部隊の指揮に専念しているからな。もう簡単には顔を合わせられない」

 「そういやそうですね。おいらみたいなヒラとは立場が違いますから」

 「ひとまず礼を言うべきだろうな。ありがとう」

 「へへへ、オークとして当然のことをしたまでです」


 トゥブ、ギンシ、そしておいら。

 最初カクレンさまの元にいたのは、その3人。

 【最初の4人】とか呼んでたころが懐かしいなあ。

 たった4〜5年前の話なのに、大昔の出来事のよう。


 「…なあナンロウ」

 「へい」

 「俺は、みんなを変えた。明日から、きっと俺もどんどん変わる」

 「…」

 「だから、お前は変わらないでくれ」


 なんだかよく分からなかったが、カクレンさまが言うなら喜んで聞こう。


 「分かりました!このナンロウ、死ぬまで変わりません!」

 「ふっ。出陣前にお前と話せて良かった」

 「だから元気出してくだせえ…大将がしょんぼりしてるんじゃ張り合いがない」

 「ああ。またな、ナンロウ。死ぬなよ」

 「もちろんでさあ!生きてこその叛逆者、でしょ?」

 



 それが、カクレンさまを見た最後だった。

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