第112話 6000人を撃滅する

 レムーハ記 ムドーソ王国伝より抜粋


 かくして、後に【背信公】と呼ばれるウエンは日和見に徹する。

 【カクレンの乱】の帰趨を制するこの重大な決断は「ウエンの空弁当」と呼ばれ、後世のオークから反面教師として語り継がれることとなった。



 「合流は、しないみたい」

 

 【ドミー城】の宿舎。

 

 自らのスキルで趨勢を見守っていたゼルマは、最終的にそう結論付けた。

 2つの軍勢が動きを見せないまま野営を始める光景が、額縁内に映し出されている。

 すでに夕刻となり、夜の帳が降りつつあった。


 「あれは恐らく、ムドーソ王国から公に任ぜられたウエン公の軍勢です」

 アマーリエは安堵の表情を浮かべる。

 「80年前の戦争でオーク軍を指揮したウジュキノの子孫ですが、先祖とは違い王国に従順な人物と聞いております」

 「要するに日和見か」


 俺は思わず息を吐いた。

 最悪の事態は免れそうである。

 その時、額縁内の光景が揺れる。


 「疲れた…」

 木の椅子に座って監視を続けていたゼルマが、倒れそうになったのだ。

 「ゼルマ!?大丈夫か」

 「少し休ませてやれ、アマーリエ。もうそろそろ限界だ」

 「はっ」


 無理もない。

 ここ数日、ゼルマのスキル【ビヨンド・サイト・ビヨンド】は昼夜を問わず稼働していた。

 数千いるオーク兵からたった1人の首魁を見つけるなど、体力と集中力も著しく消耗したはずだ。


 「待って」

 だが、珍しくゼルマが意地を見せる。

 「…ドミー将軍があたしを触ってくれたら、回復するかも」

 「それなんだが」

 俺は肩をすくめる。

 「このスキルはあくまで治癒能力の強化で、栄養失調や疲労そのものには効果が薄い。医者が怪我や病気を治しても、十分な食事と睡眠が不要になるわけではないのと一緒だ」


 【ドミー城】で何人かの兵士に触れてから気づいたことである。

 ほんの少し効果はあるが、それなら休息させた方がよいだろう。

 

 「ふふふ。志を果たすまでは働き続けると誓ったのに、これじゃあかっこ悪いわね」

 「生きてる限り労働の機会は巡ってくる。どうせなら、十分な休息をとって臨もうではないか」

 「そうする。ただその前に聞かせて」

 「なんだ?」

 

 ゼルマは椅子に座りなおし、俺をじっと見つめた。

 「今後どうするの?」



==========



 「今後どうする、か」

 「ええ。籠城か、決戦か、暗殺か。それが決まらないことには、あたしもおちおち休めないわ」

 「ああ…」


 即答はできなかった。

 この判断いかんで、この戦争の趨勢は大きく変わる。

 栄光ある勝利を収めるかもしれないし、あるいは敗れて草原に屍を晒すかもしれない。

 いや、俺が死ぬのは大した出来事ではない。


 辺境地帯の人々、【ドミー軍】、アマーリエ、ゼルマ。

 そしてー、


 ライナとミズアの命運が掛かっている。

 

 決断できるのは、俺一人だけ。

 

 どうする?


 「…」

 重圧で言葉を発せない。

 考えはあるが、それを表に出せない。

 両手の指を組み、神に祈りをささげるような姿勢でじっと考え込んでしまう。

 時間だけが過ぎ、このまま気絶してしまうのではないかと思ったときー、


 


 暖かい感触を感じた。


 

==========



 深い考えはない。


 ドミーは指を組んで震えている。

 だから、それを握った。


 「1人で抱え込まないで」

 「…ライナ」

 「残酷な決断でも、私は付いていくから」


 昨日は私の前でかっこつけてみせたけど、ドミーは怯えていた。

 戦争でオークを殺める恐怖、親しい人たちを死なせてしまうのではないかという恐怖と戦いながら。

 それでも、私を励ましてくれた。

 

 だから、次は私の番。


 「ドミーさま。戦争とは酷薄で無慈悲なものです」

 ミズアも、私と同じようにドミーの手を握る。

 私が右半分、ミズアが左半分。


 「だからこそ、その決断を共有させてください」

 

 ちょうど半分こだ。

 これが、私たちの親愛の証。


 「私も共にいます。あなたから受けた恩を返すために」

 アマーリエがー、

 「そうよ。あたしとアマーリエはあなたの家臣。なんでも言ってちょうだい」

 ゼルマもー、

  

 誰もドミーを1人にしなかった。

 


==========



 「…すまない、みんな」

 俺は、組んでいた両腕を離した。

 そして、ライナとミズアの手を握る。

 強烈な感覚を与えないよう、ゆっくりと。

 

 「俺の考えを話す」

 そして、2人の手の力を借りて立ち上がった。

 ライナとミズアは俺から一旦離れ、そばに控える。


 アマーリエとミズアは俺に頭を垂れ、指令を待った。


 「日和見とはいえ10000人の軍勢が現れた以上、少数の犠牲による解決は不可能だ。もしぬるい解決策を実行すれば、後方でのんびり眺めている奴らはこう思うに違いない。『俺たちも乱を起こせる』と」


 それは、今回の騒乱で発生した悲劇を再生産する地獄への道だ。

 日和見とはいえ、中には今回の叛乱に同情的な者もいるだろう。

 だからこそ、草原の奥地から国境地帯に出てきたのだ。


 「だから、10000人の軍勢が日和見をしている中で、現在乱を起こしている6000人を撃滅する。首魁も殺害し、【ブルサの壁】を血で染め上げ、こう思わせるのだ。『乱を起こすのは割に合わない』とな」


 それでも、たかだか数十年、運が悪ければ十年しか平和は続かない。

 戦争による平和とはそういうものだ。

 今の俺にはそれが精一杯だが、それでも全力を尽くす。


 「これが、俺の考えだ」

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