第111話 小心と先送り

 レムーハ記 ムドーソ王国伝より抜粋


 突如現れた援軍は、【カクレンの乱】鎮圧にあたる王を戦慄させる。

 カクレンの率いる兵6000人と合わせ、【ブルサの壁】周辺に展開するオーク軍は16000人を超えた。


 スキルの有無を考慮したとしても、圧倒的な戦力差あった。




 「この車輪はもう少し削ったほうがいい!」

 「投石機の組み立て手順を覚えろ!」

 「8段?うちの部族なら、攻城塔を12段まで積み重ねられるぜ!」


 【ブルサの壁】から【奇跡の森】の間に広がる、狭い草原地帯。

 俺の下に集ったオーク諸部族はここに結集し、攻城兵器の作成にあたっていた。

 大量の資材ー、すなわち材木と石を必要とするが、調達先はすぐ近くにある。


 【奇跡の森】と【ブルサの壁】だ。

 「王が奇跡を起こした」などというくだらない慣習により残されている広大な森と、オーク民族を監視するために築かれた長大な防衛施設。


 それを解体して兵器に変えるというのだから、兵士たちの士気も高まった。

 面責が広大なためいずれも一部の破壊に留まったが、俺が叛逆を達成した時、改めて地上から抹消すれば良い。

 

 「素晴らしい光景だなタンセキ。これだけの兵器があれば、【イトスギの谷】も容易に突破できるだろう」

 「はっ!」

 傍にいる壮年の戦士ー、昨夜オーク騎兵隊の隊長に任命したタンセキに話しかける。

 騎兵1000騎とともに【奇跡の森】を監視していたこの人物を呼び寄せたのには、理由があった。


 「しかし、これほどの備えがなくても、騎兵隊が一撃を加えれば敵は四散するのではありませぬか?いや、一撃を加えなくても、脅しをかければー」

 「タンセキ。ムドーソ王国は草原が永遠に広がる地域ではない。全体的になだらかに地形とはいえ、山もあるし谷もある。なにより、騎兵が越えられない壁を備える城も存在するのだ」

 「それは、承知しております」

 「【オークの誇り】を取り戻すには騎兵と歩兵との連携が重要なのだ。今後は、俺も騎兵の指揮に専念できるわけではない。力を合わせるように」

 「カクレンさまのご命令とあれば!」

 

 類稀な乗馬技術を持つタンセキだったが、騎兵の威力にやや酔いしれているのが欠点である。

 騎兵の指揮を委任する代わりに、再度釘を刺しておきたかったのだ。

 「では騎兵の指揮に戻れ」

 「はっ!」


 タンセキを見送り、兵器作成作業の監督に戻ろうとする。

 その時、トゥブからとある報告を受けた。



==========



 「カクレン、ウエン公がやってきた。軍勢およそ10000名ほどを引き連れている」

 

 意外と不快。

 報告を受けた時の、俺の心情である。


 「…もう少し遅いかと思ってたが」

 「君の勝利を見て慌ててやってきたんだろう。どう対応する?」

 「いまさら俺たちで直談判しても効果は薄い。誰か使者を送って対応させろ」

 「その場合は、向こうを怒らせるかもしれない」

 「構わんさ」


 ー【オークの誇り】を取り戻すだと?【80年の平和】を乱そうとする愚か者め!

 ー貴様の支持者を迫害するなだと?迫害などしておらん。ワシの領地に入ろうとしたから追い払っただけじゃ。

 ーな!本気で決起するのか?し、知らぬ!ワシの名前は出すなよ!


 これまでウエンと重ねてきたを思い出し、苦笑する。

 

 「【叛逆者】であることを捨てた愚かな小心者には用がない」



==========



 「お前が、カクレンからの使者か?」

 「へえ。おいらはナンロウと言います。本来ならウエン公にお目にかかる身分ではありませんが、どうかお見知り置きを」


 ナンロウは、ウエン公が滞在する持ち運び可能な移動式住居、【ユルタ】に通されていた。

 簡易住居とはいえ広々とした空間であり、敷き詰められた絨毯や豪華な調度品が地位の高さを物語っている。

 そばには10人の重臣が控えているが、いずれもでっぷりと肥えており、戦いで活躍できる風貌ではない。


 やれやれ、大変なことになったぞ。


 カクレンが育て上げた騎兵隊1000人の1人であるナンロウだが、士気は高いとはいえない。


 ー貴様、なぜ俺の馬を盗んだ?

 ー…これまで見た馬の中で一番綺麗だったんでね。この月明かりの下でちょっと乗り回して、朝には返そうと思ってたんでさあ。

 ー死を前にして調子の良いやつ。命は助けてやるから、俺の部下となれ。


 このように、しがない馬泥棒だったところをなし崩し的に参加させられたのだ。

 縁とは、どこに転がっているか分からないものである。


 「ふん、どうせならもっと上品な言葉を使う者を使者に寄越さんか。カクレンはなにをしておる?」


 80年前の第一次アルハンガイ草原の戦いでオーク軍50000人を指揮した英雄ウジュキノ。

 その血を引くということで諸部族から祭り上げられ、公の爵位を授けられたウエンはおかんむりだ。


 「今は【イトスギの谷】の攻撃を準備中でさあ。もちろん、すべてはウエン公が【オークの誇り】を取り戻すためですぜ?」

 「う、うむ…」

 「少し独断先行があったかもしれませんが、ウエン公に逆らう気はこれっぽっちもありません。ウエン公が指揮を取ってくださるのをずーっと待ち望んでいます」

 「そ、そのことなんじゃがな…」

 

 ウエンは冷や汗を流している。

 「本当に、ムドーソ王国に反旗を翻しても大丈夫なのか?勝てそうなのか?」

 「もちろんでさあ!【イトスギの谷】で少し手こずりましたが、そこを越えれば大勝利間違い無し!」

 「そ、そうか。流石、ワシがカクレンと共に計画しただけはある」


 どこがだよ!

 

 そう突っ込みたくなるのを、ナンロウはぐっとこらえた。


 ウエン公を担ぎ上げて叛乱する。


 カクレンが初め描いていた構想の障害となったのが、他ならぬ公の小心ぶりだった。

 何度も直談判したカクレンとトゥブを追い返すだけでなく、その支持者たちを迫害。

 決起直前も協力を拒否したのに、いまさらになってやってきているのだ。


 「ウ、ウエン公!本気で戦を起こすつもりですか?」

 「跳ね上がりの【叛逆者】カクレンより声望があることを示すことが目的のはず!我が部族は参戦しませんぞ!」

 「交易が途絶えれば、我らの経済的繁栄も無くなります!」

 重臣の何人かが慎重論を唱えた。


 「いや!今こそカクレンと共に【オークの誇り】を取り戻しましょう!」

 「交易なぞしなくても、資源地帯を奪えば良い!」

 「草原で倒れたウジュキノさまの恨みも晴らせます!」

 正反対の過激論を唱える者もいる。


 「仲間割れはやめましょうや!ウエン公、すべてはあなたの判断ですぜ?勇敢なる王となるか、笑われ者となるか、どっちにしますかい?」


 痺れを切らし、ナンロウが直接問いかける。

 半ば諦めながら。


 「それは…」

 ウエンは長い間躊躇した。

 全員が固唾を飲んで見守る。


 そして、1つの答えを出した。



 「まず、弁当を食って英気を養う。結論は、それからだ…」


 こうして、ウエン公が周囲に流される形で連れてきた軍勢10000人は、その勢いを失った。

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