第76話 最初の4人(後編)
「あはははは…」
あたしは笑った。
自分のやりたいことを真摯に話す人間と出会ったのは何年ぶりだろう。
Cランクの冒険者たちは、言うなれば夢破れた落伍者だ。
元締めなんて偉そうにしているあたしとアマーリエも、それは変わらない。
必死に努力しても、目に見えない壁に阻まれ、ランクやステータスの成長が鈍っていく。
やがて、最初のころ秘めていた野望も忘れ、現在の生活を維持することに精一杯となっていくのだ。
だから、あたしも最近は熱意なんてほとんど無かったんだけどー、
「すいません、ゼルマさん。ちょっと大げさすぎましたかね」
自分の実力を評価して、スカウトまでしてくれる人間がいるなら、流石に熱くなるじゃない。
【アーテーの剣】の人間は、あたしもアマーリエも雑用としか見ていなかったのに。
「いえ、ドミー殿。ゼルマは嬉しいのです。自らの能力を適切に評価してくれる主に出会えて。私も同じような気持ちでいます」
「もう、あたしの意思を勝手に代弁しないでって言ってるでしょ、アマーリエ」
「それじゃあー」
「待って、2つだけ聞きたいことがある」
この男性のスキルはよくわからない部分も多いが、エンハイム城の頓末を見る限り、少なくとも表立って逆らえない状態になるようだ。
だから、その前に聞いておきたいことがある。
「噂によると、あなたはなるべく、人を殺傷しないことを目指しているようじゃない。それは、連合軍の指揮官になっても変わらないの?」
「それは俺の信条です。愛する人間と誓ったことでもあります」
「…奇麗事だけでは務まらない部分もあるわ」
「分かっています。永遠に誰も殺さず、味方に死人を出さない指揮官など存在しません。それでも、最大限達成を目指します。それに…」
「それに?」
「そのような場合に陥った時は、俺が先頭に立ちます」
「…」
「これは、ライナやミズアの前では話していません」
「分かったわ、言わないでおく」
「ゴブリン500匹を殺傷した身で、話す奇麗事ではないかもしれませんね」
「ゴブリンに情をかけるなんて珍しいわね。まあ、あたしとアマーリエも加担したわ。もし地獄に行くとしたら一緒よ」
奇麗事を背負う覚悟があるなら、それでよし。
あたしも甘い人間だけど、綺麗事すら捨てた人間に待っているのは停滞だけだ。
「その点については了解したわ。じゃあ、一番重要なことを聞きたいの」
「なんでしょう」
「結局、あなたはムドーソ王国を打倒したいんでしょ?それはいいけど、結局それで何がしたいの?」
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おそらくゼルマが一番聞きたい事なのだろう。
盲目であるのに、鋭い視線が突き刺さるのを感じ取った。
「ムドーソ王国は過去の栄華が過ぎ去り、軍事力も衰え、黄昏の中にいるわ。それでも、あなたが何もしなければ後10年は続くでしょうね」
ゼルマの周囲には、小さいネズミが走り回っている。
おそらく、生物の視界を得られるスキル【インサイト】で操り、俺を見ているのだろう。
「たかが10年、されど10年。1国の寿命を縮めるからには、それ相応の想いがあって然るべき。そうでしょ?」
ここからは、小細工もごまかしも通じない。
自分のの思うところを、伝えるまで。
「俺が目指しているのはー」
「人間が生まれや出自に左右されず、自らの才能を全力で引き出し、夢や志を果たせる国です」
「そんなこと、本当にできるの…?」
「とある存在から授かったこのスキルで、充分可能です。あとは、俺がいかにスキルを使っていくかに掛かってると思います」
「道を誤らないとは限らないわ」
「その時は、愛する人たちに自分を止めるよう命令しています」
ー【成長阻害の呪い】に苦しんだライナ。
ー【紫毒】で死にゆく命だったミズア。
ー夢のために貴族を捨てたクラウディア。
ー自らの限界を悟り、あえて【断金の交わり】を固辞して俺に道を示したアメリア。
ー戦争は苦手にも関わらず、領民を保護するためあえて立ち上がったユリアーナ
ー優れた能力を発揮しても、ランクが低いというだけで冷遇されているアマーリエとゼルマ
さまざまな人物と体験したことが、脳裏に去来する。
もちろん、この世からすべての苦しみを消せると思うほど俺は傲慢じゃない。
それでも、俺は誰かの悩みや苦しみを和らげ、道を示せる人間でありたい。
==========
「本当はもっと色々聞くべきなんでしょうけど…充分ね」
アマーリエが、こちら心配そうに見る。
アマーリエは、自分が課した2つの試練をクリアした時点で、この男性に従うつもりでいる。
でも、あたしが嫌だと言ったらやめたはずだ。
少し、迷惑をかけたかもしれない。
「勘違いしないで。まだ計画を練るべき部分がありすぎるわ。ドミー殿」
「すいません。自分も、勢いで話してしまいました」
「でも、それはあたしとアマーリエで補佐していけばいい。でしょ?」
「ゼルマさん…」
「あたしは、志を持った人間は嫌いじゃない」
枯れかけていた自分の心に火が付いた。
そんな理由で、新しいことを始めてもいいじゃない。
「ただし、一つだけあなたの期待に添えない点があるわ」
「な、なんでしょうか」
「それは私から話そう。ゼルマ」
アマーリエが立ち上がった。
「私とゼルマは、ドミー殿と2人の戦友のように、【断金の交わり】を結んでいる。別にドミー殿を嫌うわけではないが…」
「もちろん、私生活で必要以上の干渉はしません。ムドーソ城でとある門番が言ってました。適切な能力と望みに応じた、適切なポジションを与えよと」
「ありがとう、助かるわ」
「アマーリエさんとゼルマさんの、もう1人の戦友も喜ぶでしょう」
「…今なんて?」
少し面食らう。
そこまで話した記憶はないし、アマーリエも好んで話すはずがない。
「とある本に書いてありました。モイラには『運命の3女神』という意味があると。ギルド名の【モイラの誓い】を見てピンと来ました」
「…」
「それに、アマーリエさんとゼルマさんの連携は、攻撃手段を欠いてるのも気になりました。まるで、昔は誰かがその役を務めていたように」
「その話は…次の機会にしましょう」
あたしは、1000年に1度生まれる存在、男性に手を伸ばした。
アマーリエも、手を伸ばす。
「分かりました。それではー、」
男性も、ゆっくりと手を伸ばした。
「お手をお借りします」
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レムーハ記 ドミー王の記録より抜粋
王の最初期の家臣団は【蒼炎のライナ】、【竜槍のミズア】、【指揮官アマーリエ】、【天網のゼルマ】によって構成された。これを、最初の4人と呼ぶ。王と個人的な友誼を結んだライナとミズアとは違い、アマーリエとゼルマは家臣の枠を超えなかった。だが、それは個人を尊重する王の徳として賞賛された。
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