第61話 襲撃

 ミズアは【竜槍】を構え、宿泊している会館を出ました。


 「あーミズアさん、でしたっけ…何か用事でも?」

 「お疲れ様です。少し夜風に当たりたくて…」

 「そうですか、ならいいいですけど」


 律儀に入り口を守っている衛兵に挨拶し、外に出ます。


 「…」


 やはり、感じる。

 眠りについていたミズアの目を覚ましたのは、何者かの気配でした。

 息を殺して潜みながら、こちらを慎重に伺っています。

 ですが、それでもうちに秘めた黒い感情は隠しきれていません。


 すなわち、殺気。

 

 【ファブニール】さま、ミズアに大切な人を守る力をお与えください…

 

 【竜槍】の力を与えてくれた太古の竜に祈りを捧げつつ、目を閉じました。

 視覚を遮断し、集中力を研ぎ澄ませ、わずかに漂う殺気を掴み取ります。


 移動している…?


 殺気がこちらに近づいてくる感覚。

 【竜槍】を構え、戦闘態勢を整えます。

 体内から息を吐き出し、俊敏に動ける準備を整え、そしてー、


 会館の屋上!


 敵が降り立った地点へと、一気に跳躍してたどり着きました。



==========



 「そこまでです!」

 

 わざと大声を出し、敵を牽制します。

 ローブを羽織っており、夜ということもあって、姿は見えません。

 おそらく、【女性】ではないかという推測のみ可能です。

 【魔法系】の【スキル】使いが利用する武具の一つ、【魔術書】を携えています。


 「…【アーテーの剣】の方ですか?あなた方にも言い分はあるでしょうが、今回はドミーさまが正しい裁定を下しております。無用な流血は避け、引いてください」

 「…」


 ローブの人物は何も答えません。

 ライナの戦闘スタイルを見る限り、【魔法系】の【スキル】使いは近接戦闘が苦手。


 「どうしても、引かないというんですね」

 「…」


 だとしたらー、先手必勝!


 ミズアは【竜槍】を構え、突進します。

 自らの幻を生み出せる【スキル】、【幻影】を発動し、敵を撹乱することも忘れません。

 個性である【高速】により、敵を攻撃できる距離まで一瞬でたどり着きました。 


 急所さえ外せば、ドミーさまの【スキル】でいかようにもー!


 ですがー、


 「いない!?」


 ミズアの目論見は崩れ去ります。

 ローブの人物は、消滅したのです。

 夜の闇に隠れたのではありません。

 完全に消滅ー、


 いや、いる!


 わずかに聞こえる足音。

 ドミーさまの寝室に向かっています。


 まさか、【インビジブル】?

 【廃兵院】で聞いたことがあります。

 優れた【魔法系】の使い手のみが扱える、自らを透明にする【スキル】。

 気を取り直し追撃しようとしますが、眼前に巨大な氷の壁が立ち塞がりました。

 

 「…くっ!」


 【アイスウォール】です。

 氷の壁を生み出すありふれたものですが、即席にしては巨大で、ミズアは足止めを余儀なくされます。


 「ドミーさま!!!」


 【竜槍】で【アイスウォール】を砕きながら、ミズアは大声を上げました。


 「お逃げください!!!」



==========



 邪魔が入ったが、うまく撒けた。


 ローブを羽織り直し、暗殺者は行動を再開する。

 狙うは【男性】のドミー。

 【魔術書】を展開し、事前に選定した【スキル】を

 用意する。


 それはすなわち、【永眠の呪い】。


 対象者に醒めない眠りを与え、死ぬまでそのままの状態とする。

 【スキル】を掛けられたことを察知されにくいため、実質的な暗殺用【スキル】として重宝している。


 【竜槍】の使い手が、こちらに来るまでまだ10秒は掛かりそうだ。

 その隙に、目的を遂げる!


 天窓を破り、【男性】ドミーの寝室に着地。

 あとは、【永眠の呪い】をかけるだけ。


 「暗殺者にしては派手な登場ね」


 不意に声をかけられる。

 声の方向に振り向くとー、


 【蒼炎のライナ】だ。

 すでにローブを纏い、杖を携えている。

 先ほどの【竜槍】使いといい、読まれていた?

 

 「私のドミーに手を出すなら…容赦はしない!!!」


 怒りに燃える表情を見て、少し動揺してしまった。

 それにより反応が遅れる。


 「【ファイア・バースト】!!!」

 複数の火炎が出現。

 ライナが【ルビーの杖】を振ると、それぞれが連動し、逃げ場を封じるような動きでこちらに迫る。

 寸分の狂いもなく、正確無比であった。



==========


 ー?ライナ、起きていたのか。

 ードミー、おそらく誰かが襲撃してくるわ。念のためミズアに見に行ってもらってる。

 ー本当か?なら俺も…

 ー馬鹿!いいから私の後ろにいなさい。


 【強化】が切れる寸前に感じ取った【魔法系】の気配。

 【強化】なしでもBランク程度の実力があるミズアも、何らかの気配を感じ取っていたようだった。


 備えを固め、こちらに乗り込んでくるまで約数分。

 【魔術書】を携え、ローブに身を包んだ人物だ。

 ミズアも突破されたらしい、相当の使い手なのだろう。


 それでも、ドミーは私が死んでも守る!


 【フレイム】は強力すぎるので、【ファイア・バースト】で相手を牽制する。


 時間を稼げば、ミズアと合流してー!


 だが、そんな私の目論見は、敵の意外な行動で狂った。


 剣…?


 【魔術書】はいつのまにか消滅し、剣に持ち替えていたのだ。

 見たこともない、漆黒の剣。


 おかしい。


 この世界の人間が使いこなせる【スキル】の系統は、基本は1種類だけ。

 剣と【魔術書】じゃ、【近接系】および【魔法系】のスキルを取得する必要がある。

 そんなことできるはずがー、


 でも、私の【ファイア・バースト】は剣によって次々と切り裂かれていった。

 Aランク相当の実力がなければ、こうはいかないだろう。

 そして、そのまま私の後ろにいるドミーに迫る。


 敵は、【近接系】と【魔法系】の2つを完璧に使いこなしている!

 

 私は両手を広げ、ドミーを庇った。

 追加の【スキル】を放つ余裕はない。

 これが、ドミーを守るための最終手段。

 

 「うおおおおお!!!」


 でも、ここでドミーの悪い癖が出てしまった。

 私より前に出て、敵に立ち塞がったのだ。

 背後での動きには対応できず、反応が遅れる。


 だめ!


 私は、声にならない叫びを上げた、


 ドミーが死んじゃう!

 


==========



 せめて、ライナだけでも!

 

 無我夢中だった。

 自分の野望に付き合わせてる人間を、むざむざ死なせるわけにはいかない。

 携えていた剣で、夢中で切りつける。


 「がっ…!!!」


 だが、相手は【近接系】の【スキル】で強化されているのか、漆黒の剣であっさり弾かれてしまった。

 【男性】の力は、【スキル】で強化された【女性】には及ばない。

 今まで幾度となく実感した、この世界のルール。


 ローブの人物は、にやりと笑ったように見えた。

 そして、そのまま俺に漆黒の剣を振り下ろしー、


 「ドミーさま!!!」


 信頼する人間の声。

 それと同時に、風を切るような音がする。


 「…!!!」

 投擲された【竜槍】だった。

 ローブの人物は、慌てて剣で防ぐ。

 【竜槍】と漆黒の剣が、激しく火花を散らした。


 「お怪我は!」

 ミズアが、ローブの人物と俺の間に割り込む。

 「あんた、一体…」

 ライナも気を取り直し、【ルビーの杖】を構えた。


 「…」

 ローブの人物は、一瞬考え込む素振りを見せたがー、


 消滅した。


 「【インビジブル】のスキルです。追撃します」

 「いや、いい…」

 

 俺は、ミズアを制止した。

 【スキル】についてさほど詳しくない俺でも、あれが一流の使い手であることはわかる。

 おそらく、ロザリーにも引けを取らないであろう。

 追撃するのは、危険だ。


 「ど、どうかしましたかお三方?」

 「なんか、おっかねえ声が聞こえましたけど…」


 警備の衛兵たちが駆けつける。

 今更ということはできまい。

 襲撃されてから、まだ5分程度しか経っていないだろう。


 とにかく、俺は暗殺の危機を免れた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る