第38話 ドミーは懇願を受け、エンダは醒めない悪夢を見る

静かな宿場町イラストリアで、俺は背後からナイフを突き立てられている。

後ろを振りむこともできないので、どのような人物かは確認できない。

だが、一切の気配を殺して後ろに忍び寄る技量ー恐らく手錬れだろう。


ーこんな情けない形で死ぬのかな。俺。

ーライナ、ごめん…


無念だった。


「…何のためにここへ来た?王の刺客か?」

だが、相手からの返答は意外なものであった。

「…違う」

「ほう。それでは?」


俺は無い知恵をふり絞りー、


「ムドーソ王国を」


1つの答えを出した。


「打倒するためだ。そのために、功を立てて貴族となりたい」

「…!」

はっと息を飲む音が聞こえる。


どうやら敵ではなさそうだ。

少しだけ、打開する道が見えてきたかもしれない。


「なぜ、正直に話した?」

「俺を排除したい刺客なら、声をかけずともそのまま殺せばいい。王朝に対する不遜な野心を語らせたいなら、捕まえて拷問にでもかければいい」

「…」

「つまり、俺に敵対する意思があるなら、わざわざこんなことをする必要がない。お前にもなんらかの事情があるから、このような深夜に俺一人を狙って接触を図った。そんなところだな」

「…そうか。お前を侮っていたようだな」


ナイフが首から離れていった。

俺は謎の刺客を確認しようと、背後を振り返る。


ーほ、本当に死ぬかと思った…

外見は余裕を気取っているが、内心は心臓バクバクである。

これが【アーテーの剣】からの刺客だったら、とっくに殺されていただろう。

ここは、ある程度安全が確保されたラムス街ではない。

反省が必要だ…



==========



「失礼した、【奇跡の腕を持つ男】ドミーよ」

そこにいたのは、片腕のない3~40代ほどの【女性】だった。

ひざまずき、俺に謝罪の姿勢を示している。

片腕でこの技量、どこかで訓練でも受けたのだろうか。


「我はロスヴィータというものだ。貴殿の力を借りたいと思っていたが、残念ながら王からの刺客を警戒せねばならない立場にあり、その故このような形式を取った。申し訳ない」

「…どのような事情か話してくれ」

「我は、【馬車の乱】で粛清された軍部の生き残りだ。このように片腕は奪われたが、なんとか逃げ延びたのだ」

「軍部の生き残り…」

「頼む!ドミー殿!」

突如ロスヴィータは両腕に手を突き、頭を垂れた。


「【馬車の乱】で粛清された我が主、ユッタ将軍の忘れ形見であるミズアさまをお救いしてくれ!!!」



==========



あたしは、夢を見ていた。

7歳の時の体験。

なんども繰り返される、醒めない悪夢。

悪夢は、寝ても醒めても続く…



==========



あたしは鍵をもって、【守護の部屋】に入りました。

【赤の裁き】は反応せず、【青の防壁】をするりと抜けます。


「鍵を寄越せ、エンダ」

中に入ると、まず鍵をひったくられるように奪われました。

王にのみ許された装飾を身にまとい、玉座に座っている老いた【女性】。

ムドーソ王国第4代国王、ムドーソ・フォン・エルネスタ。

あたしの【父親】です。


「ど、どうしたのですか?父上」

「軍部が反乱を起こした。給与を半減した程度で反逆するとは、情けなき奴らよ」

「そうですか…」

「だから、余自らが鎮圧に向かう、この【守護の部屋】でな」

父は、吐き捨てるように毒づきました。

猜疑心に凝り固まった横顔を見てると、胸のあたりがムカムカします。


「でもー」

あたしは、勇気をふり絞って意見しました。

「給与を上げれば、きっと軍部も反乱をー」

衝撃。

父は、あたしを殴りつけたのです。

歯が1本折れて、鼻から暖かい血の感触がしました。


「甘い!!!」

【守護の部屋】が浮上していきます。

「反逆する奴は、生きている限り反逆する!!!甘い顔を見せるな!!!反逆者は徹底的に処罰するのが我、そしてお前の今後の仕事だ!」

ムドーソ城の館を抜け、市街地へと向かっていきました。



==========



「なぜ誇りある軍が、馬車競技などという遊戯に動員されるのか!」

「ムドーソ王国を長年守護してきたのは、我ら軍であるぞ!」

「新しい王を立て、腐敗した貴族どもを粛清するのだ!」


ムドーソの街には、多くの軍人さんが大声を上げ、いたるところを占拠していました。

父はスピードを上げ、彼らの所に向かっていきます。


「勘違いするなよ、エンダ。お前は私が直接生んだわけではない【妾腹】の子だ。我が子と思ったことなど、一度もない」

「は、はい…」


ーこの世界は、人口のほとんどを占める【女性】同士で子を作る。

ーそして、子供をはらんだ方が【母親】、はらまなかった方が【父親】となる。

ー王は【母親】として産んだ子を尊重する。


物心着いた頃から繰り返し教えられたことを、確認させられました。


「だが、いまや他の子は病で亡くなり、お前だけが残った…だから、王位を継がせてやろう…」

【青の防壁】が赤く染まっていきます。

「だからよく見ておけ!これが、お前が王として果たすべき責務だ!!!」



==========



父は手始めに、一番近くにいた兵士の右腕を吹き飛ばしました。

何者にも防げない強烈な光線、【赤の裁き】です。

兵士は悲鳴を上げ、座り込みました。


「きさま、何故王に逆らった?」

「王よ、違うのです。我らはー」

「質問に応えろ!」


次は、左腕が吹き飛ばされます。


「お、お助けくだされ!我らは、年々軍部に対する費用を削減され、冷遇されることに我慢ならなかったのです。ですからー」


その兵士はそれ以上、言葉を継げませんでした。

顔がなくなったからです。

その光景を見て、あたしは嘔吐していまいました。


「馬鹿者が…国防など、この【守護の部屋】があればよいというのに」

その時、【守護の部屋】が揺らぎました。

【遠距離系スキル】で攻撃を受けたようです。

ですが、あらゆる攻撃を通さない【青の防壁】に防がれ、消滅します。

父は攻撃を受けた方向に【赤の裁き】を放ち、沈黙させました。


「お、王よ!私はユッタ将軍に唆されたのです!私の胸の忠心にはいささかの曇りもありません!」

すると、煙の中から、1人の兵士が姿を表しました。

「ですから、なにとぞ命だけはー」

父は彼女の胸を吹き飛ばしました。

音もなく崩れ落ちます。


「…なにが忠心だ」

父は【赤の裁き】の数を、次第に増やしていきます。

「胸を裂いてみたが、血と臓物しか入っておらぬぞ。ははははは…」

そこから延々と、虐殺が続きました。


「も、もうおやめください…これまでムドーソ王国を支えてきた臣下ではありませんか」

あたしは恐怖し、父にやめるよう懇願します。

しかし、それが聞き入られることはありませんでした。



==========



夕刻。

延々と続いた虐殺は、ようやく終わりを告げようとしました。

勝ち目がないと判断した兵士1,000人が降伏したのです。


「お、王よ。もう政策に関して異論は立てませぬ。で、ですから命だけは…」

「もう武器も取りませぬ!王朝に反逆も致しません!」

「どうか…どうか」


あたしは、一瞬だけ、父が助命してくれると期待しました。

そんな気持ちを読み取ったのか、父はにこりと笑い、兵士に問いかけます。


「あらかた話は聞いておる。給与削減や軍部冷遇に腹が立ったのであろう。だから、完全なる解決策を思いついた」

「そ、それはー」

口を開いた兵士は、四肢を全て切断されます。

「貴様らを全員抹殺し、【守護の部屋】が今後の国防を担う。それが、王朝に安定をもたらすであろう!!!」


そこからは、また同じ虐殺が続きました。

父は、兵士たちをすぐには殺しませんでした。

足や手を切断し、苦しむ姿を見て楽しんでから殺しました。



==========



「王よ!覚悟!!!」

もはや立ち上がるものが一人もいなくなろうとしたとき、一人の【女性】が、槍を持って突進してきました。

動物の骨で作られたような、武骨で不思議な形です。

それは【青の防壁】を破っていき、父やあたしに届く距離まで肉薄しました。


「ちいっ!」

ですが、父は【守護の部屋】を動かし、すんでのところで回避しました。

そして、【赤の防壁】で、その【女性】の腰から下を切断します。


「まさか【竜槍】まで持ち出すとはな、ユッタ。そこまで我を憎むか」

「…王よ。こ、このような仕打ちを行えば、王朝は長くはありませんぞ…」

「下らぬ遺言だな。史書に残す価値もない」

もはや虫の息のユッタと呼ばれた【女性】に、あたしは見覚えがありました。

宮殿で一人ぼっちだったあたしを、いつも気にかけてくれた将軍。

父上よりも、あたしの父だった人。

「お願いします!どうかユッタだけは…」

あたしが言い終える前に、ユッタの顔はなくなりました。



==========



この数時間で起こった出来事が、あたしの頭の中でぐるぐるとめぐっていきます。


ー血と臓物。

ー飛び散った四肢。

ー涙と悲鳴。

ー父の邪悪な笑顔。


「うええ…」

処理しきれなくなり、あたしは再び嘔吐しました。


「エンダ、明日から貴様はエルンシュタインと名乗れ」

全てが終わると、父は玉座に座りました。

どうやら、疲れ切っているようでした。


「政務はランケに任せよ。あやつは記憶力以外は何のとりえも無いが、それゆえ歯向かう心配もない。それと、もう一人お前に忠臣を付ける。その2人と【守護の部屋】を使いこなせば、王朝は安泰だろう」


最後まで言い切ると、目を閉じます。


「我はやるべき責務を果たした。もう、長くはない。後は好きにせよ…」



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レムーハ記 ムドーソ王国伝より


【馬車の乱】とは、長年冷遇を受け、遂に貴族の馬車競技に動員されるまで落ちぶれたムドーソ軍が起こした反乱である。乱を起こした約3,000人の兵士は、奸臣の排除と王の交代を叫び、ムドーソ城内のいたるところに立てこもった。第4代国王ムドーソ・フォン・エルネスタは、【守護の部屋】を用いて即座に2,000人を殺害し、降伏した1,000人も許されなかった。遺体は郊外のテドラ川に遺棄され、青い川が朱色に染まったという。その後発病したエルネスタは、妾腹の子エンダをエルンシュタインと改名させ、後継者とした後亡くなった。



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