旧約第2章 陰謀渦巻く城塞都市でビクンビ〇ン
第9話 ロザリー、ブルブルが止まらない
【戦士】ロザリー。
レムーハのA級冒険者集団、【アレスの導き】の創設者にしてリーダーである。
素早い太刀筋と強力な【スキル】で倒した敵は数知れず。
メンバーである【拳闘士】のルギャ、【魔法士】のレイーゼもA級冒険者であり、まさに無敵である。
だが、ロザリーには、人には言えない重大な秘密があった…
レムーハ記 人物録より抜粋
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「あっ!」
レイーゼが声を上げる。
【トランスポート】で運んでいた荷物が木に衝突したのだ。
あたしは足を止め、内心のイライラを隠しながら振り返る。
あきれたような表情のルギャ、困ったような表情のレイーゼがいた。
周辺には、散らばった荷物が地面に落ちている。
「森の中とはいえ、ちょっとコントロール悪くない?レイーゼ」
「す、すいませんロザリー…いま戻します」
レイーゼは荷物を運ぶスキル【トランスポート】を再度唱えるが、数十秒ほど時間が掛かりそうである。
大したロスではないとはいえ、何度も積み重なるとストレスがたまる。
「せっかくドミー追い出したのに、これじゃあ戦力ダウンじゃなーい?まじありえんてぃー」
ルギャは、あからさまにイライラを表情に出していた。
戦闘力は高いが、根は単純だから仕方ない。
「な、なんですって!じゃああなたも少しはもってくださいよ!【バーサーカー】のスキルで強化すれば余裕でしょ?」
「3人中2人荷物持ちってどんなパーティよ。いみぷー。レイーゼ、今からでもドミーに謝ってきたら?」
「な、不浄な【男性】に謝るなんて…そこまで侮辱するならー」
「はい、2人ともそこまで。荷物持ちはまた雇えばいいじゃない。とりあえず、この森を探索し終えましょう」
「はい…」
「ぴえん…」
らちがあかないので、あたしは仲裁に入った。
この2人を同時に制圧するだけの力は備えている。
「でも、本当にドミーの死体があるんですかね?高値で売れるといっても、ゴブリンに食べられたかもしれませんし…」
「それなー」
「あいつを買うのに大金使ったんだから、探す価値はあるわ」
実は、ドミーを追放した翌日、あたし達3人はドミー捜索のためゴブリンの森に入ったのだ。
死体だけでも持ち帰って質屋に出そうー。
あたしの提案に2人は渋々従い、野営地を出発した。
…自分でも一貫性のない行動とは思ったが、仕方ない。
だってー、
突如、ドミーの【シックスパック】の映像がフラッシュバックする。
本や絵で何度も見てきたけど、直接見るのは初めてである。
あんなに、たくましいものだったなんてー。
ブルブルブルブル。
すると、あたしは体に震えが走るのを感じた。
まずい、今ここでは。
「ね、ねえ。ちょっとお花を積みに行くから、待っていてちょうだい」
「え?」
レイーゼのけげんそうな声を無視して、あたしは草むらにかけこんだ。
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誰もいない草むらで、私はもだえていた。
「んふふふふふ…」
笑いが止まらない。
ブルブルブルブル…
体も震えてきた。
「ふーっ、ふっーっ…」
大声を出してしまいたい衝動を我慢するため、左腕の甲を噛んだ。
高ぶりを抑えるときは、いつもこうしている。
噛み跡がついてしまうが、致し方ない。
そしてー、
ドミーが生きててよかったあああああああああ。追放するんじゃなかったあああああああああああああ。
声にできない想いを心の中で叫んだ。
あいつが優秀な荷物係だったから?
それもある。
だが何よりもー、
私が【男性】愛者だからだ。
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「1000年に一度誕生するとされる、不潔で不浄な存在、それが【男性】なんだよ」
お母さんと祈りをささげに行った教会に展示された絵画。
それが全ての始まりだった。
裸にされ【女性】から拷問を受ける【男性】という、悪趣味なモチーフ。
8歳だったあたしは、それを見て胸の高まりを感じた。
それ以降、その絵画を私は毎日見に行った。
周りには、神様に祈りをささげたいからと言い訳して。
その内、絵を見るたびに体が震えるようになっていった。
左手の甲を噛み、なんとか震えを抑えた。
そんなある日、修道女の過失で教会に火災が発生した。
絵も焼失し、永遠に見れなくなった。
がっかりしたが、同時に安堵感も覚えた。
体の震えは、【男性】によこしまな感情を覚えている証拠。
それがバレたら、異常者として排斥される。
その後は冒険者として活動し、全てを忘れたつもりでいた。
「今日の奴隷オークションの最後は、なんと1000年に1度生まれる【男性】、ドミーです!」
訪れた街で、あいつに出会うまでは…
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「ドミーが悪いんだよ。声をかけても、怯えてすぐ逃げるから…」
あたしは、小さな声で悪態をつく。
できるだけ、近づこうと努力したつもりだった。
最初は、ドミーの料理に自分の体液を入れた。
「残り物の食事を食べるのがお前の仕事だ」と食事を別々にさせ、レイーゼやルギャにばれないようこっそりと。
寝てるときには、何度もドミーの体を触った。
【女性】とは違う肌ざわり、固さ、匂い。
たまらなかった。
「クズ」「ゴミ」と罵倒するふりをして、何度も話しかけた。
踏みつける振りをして、足の指を一本一本なめさせた。
買い物にも付き合わせて、私の下着を直接選ばせてやった。
【抱きしめの儀式】だってやりたかった。
あれも、これも、やりたいことはたくさんあった。
でもー。
自分の立場や周囲の偏見が邪魔をして、最終的に失敗した。
うまくいかなかった。
ドミーにはすっかり怯えられ、避けられた。
そのうち、レイーゼやルギャも徐々に不審がるようになった。
そしてあの夜ー、
「いい加減、あの汚い【男性】は追放してください。【トランスポート】も覚えましたし」
「それなー、いい加減ホワイトキックだわあいついると」
いつものように疲れ果てて寝たドミーの臭いをかごうとしたとき、あたしは2人に詰め寄られた。
もちろん、慌ててごまかす。
「そ、そうかしら。まあ荷物持ちしては使えるし」
「あいついると、町に行った時も店とか入れないんですよ。匂いが移るとか言われて」
「でも高いお金で買ったし」
「なあ、ロザリー」
ルギャが冗談めいた口調をやめたので、私は事態の深刻さに気づいた。
「お前、ちょっと変じゃないか?」
「…何が変だっていうの」
「…それ以上は言えない」
「…」
あたしは、自分が追いつめられつつあるのを悟った。
自分が正常であると、アピールしなければならなかった。
だから…
「おい!ロザリー、まじやばたにえん!こっちに来てくれ」
あたしの狂おしいほどの妄執は、ルギャの声にかき乱された。
息を整え、何事もなかったかのように駆けつける。
「どうしたの?ルギャ」
「ああ、向こうでゴブリンの死体が見つかったらしいが、どうも変なんだ」
「変って?」
「見りゃわかる」
黒焦げになった、ゴブリンの死体。
通常サイズの2倍はあろうかという変異種だ。
森の開けた場所に、それは転がっていた。
野営の跡も残っている。
「まさか、ドミーが…?」
レイーゼが信じられないといった声を上げる。
ルギャもさすがに動揺しているようだ。
ブルブルブルブル。
体の震えが、また来る。
「ふふふふふ…」
自然と笑っていた。
「なーんだ。あいつ【スキル】とか使えるんじゃない。捨てたのは間違いだったわね。レイーゼ、ルギャ」
「ぴえん…」
「そうなんですかね…」
「あいつを迎えにいきましょう。人間扱いは失敗だったわ。今度は豚としてこき使うのよ!ははははは…」
あたしは高らかに宣言した。
レイーゼとルギャが怯えたような表情をしているが、構うものか。
今度は逃がさない。
支配するのだ。
私の長年隠してきた情念にケリを付けてやる。
欲望の限りを尽くしてやる。
もし反抗してきたらー、
せめて、あたしの手で殺してあげる。
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