逝きそうなカメラアングル
春嵐
01.
嫁を車で待たせて、カメラ片手に山を登る。
標高70メートルぐらいの山。というか、丘。
海抜計算がどうこうとかで70メートルという表示にはなっているが、普通のちょっと小高くて広い公園だった。駐車場から頂上まで、わずか30秒。
芝生。
何もないところを、カメラで構えて。とりあえず一枚。
出来を確認して、もう一枚。
空と芝生の比率を半々ぐらいにして、さらに一枚。
「いいね。いいぞこれは」
だいたい半年ぶりの、カメラ。シャッター越しの景色の何もかもが、最高。全部撮りたい。何枚でも撮りたい。
「あっ」
しまった。人が来てしまった。バスケットを持った、男女。お散歩デートだろうか。
いちおう、気付かれないように視界外に隠れた。
男女。やはりカップルらしい。バスケットからシートを出して、広げて。二人で座って、のんびりしている。
ああ撮りたい。
そのアングル。ふたりの愛がそのまま、シャッターからも見えるレベルだ。
「ここ。一応、山なんだ」
「え、そうなの。ぜんぜん知らなかった」
「俺も最近知ったよ。マネージャが教えてくれた」
「描く?」
カップルの女性のほうが、立ち上がる。
「君次第」
「そっか。じゃあ、軽く、描いて」
男の目の前を、女がふわふわと動く。
「はいストップ」
「う」
女。片足で、手と脚を伸ばした状態で止まる。男が、ノートブックらしきものを取り出してペンで何か描き始めている。
そして。男が一瞬だけこちらを向いて。
「どうぞ」
とだけ言って、目線をノートに戻した。
「撮っていいですよ?」
「え、うそ」
見つかってたのか。
「撮りたそうにしてるから」
「あ、はあ」
じゃあ遠慮なく。
シャッター。ボタン。連打。連打連打連打。
うわあ最高。
「どう?」
女。こちらに気づいてない。手と脚を綺麗に伸ばしたまま、止まっている。
「いい感じ。あと30秒」
その残り時間に押されるように、シャッターを連打した。撮って撮って撮りまくる。絵を描く男の姿。背中。背中が最高。
「はい、おっけい」
女が動き出す。
男の隣に座って、肩にもたれながら、絵を見てる。
「きれい」
うわあ撮りたい。このツーショットと芝生と青空。うわあ完璧なのに。
「どうぞ。構わないですけど」
男の声。
反射神経でボタン押してた。一枚。
それだけで、完璧なものが、撮れた。
背後で、クラクション。
やばい。時間をかけすぎたか。
「あ、ごめんなさい。嫁が呼んでるので、ここで失礼します。写真は後で送りますので」
「心霊写真はやめてくださいね」
「あ、それはもう。ちゃんとしたのを選びます」
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