第3話 「推測と直感、そして絶望と希望」

「あんた、俺たちに隠してることがあるだろ?」


 喧騒が少し収まる。


「……どうしてそう思う?」


「最初は小さな違和感だった。あんたは俺たちと同じ世界から来たはずなのに、他人事のように話してた。モンスターに殺される恐怖も、記憶を失っていく怯えも、元の世界に二度と戻れない絶望も、あんたからは感じなかった。もしかしたら記憶を失い、三十年もこの世界で生活しているとそうなるのかもしれない。だが……」


 いつの間にか、喧騒は止み、皆が俺とゴウに注目していた。

 それでも俺は声を張り上げ、話しを続ける。


「だが、違う可能性も考えてみた」


「ほう。それは?」


「まだ俺たちには希望がある、ということだ」


「……そう思うに至った経緯を聞いても?」


「俺の住んでいた国は、とても平和だったんだ。普通に生きていたら、死を身近に感じることすらない。もしあんたが俺と同じ世界から来たと仮定するならば、あんたが今その場に立っているのは奇跡だ。俺の知っている元の世界は、こことは比べ物にならないほど平和だった。モンスターやらダンジョンといったものはなかったからな。そんな世界の住人が、丸腰でこの世界に順応できるわけがない。冒険者という危険な職業ならなおさら……。つまり、チートなんて力はなくても、強くなる方法はあるということだ」


「なるほどな。感心したよ。――ちなみに、他にも気づいたことはあるかな?」


 俺は一瞬迷う。

 今までの話しは、少し冷静に考えれば誰でも思いつく。会話の端々にヒントが転がっていたのだから。

 しかし次に言おうとしていることは違う。

 ただの直観。

 もしかしたら、俺も周りの奴らと同じように、異世界の熱にうなされ、本当は存在しない目の前の願望にすがりたいだけなのかもしれない。だから、色々なことをこじつけ、妄想のようなものを抱いたのかもしれない。

 そう考えると、自分の直観を信じることが出来なかった。


「どうした? もう終わりか?」


 試すような、それでいて楽しそうな、彼の声。

 俺はそれに背中を押されて、恐る恐る口を開く。


「人は…………。人は、ただ食べて寝るだけじゃ生きていけない。理由がないと、人は生きていけないんだ。だが、あんたは生き生きしている。それこそ、楽しそうですらある。それは生きていく目的りゆうがあるからだ。教えてくれるか? あんたの目的りゆうを」


 全てを言い切った俺をゴウはしばらく見つめていたが、不意に彼は自分の鉄仮面に手当て、肩を揺らす。揺れは次第に大きくなり、ついに我慢できなくなったのか、彼は大声を出して笑い出した。


「ガハハハハハハハハハハッ」


 初めての笑い声。

 出会ってからここに来るまで、一度たりとも彼が感情をあらわにしたことはなかった。

 それこそ、人間ではないのではと疑ってしまうほど。

 そんな彼が声を上げて笑ったものだから、俺を含めた約千人の視線がそこに集まる。ゴウを見つめる瞳は怒りに染まったものや不機嫌そうに揺れるものと様々だが、彼はそれらを気にする素振りすら見せずに楽しそうにひとしきり笑うと、満足したように鉄仮面の上から涙を拭う真似をする。


「いやー、すまんすまん。あまりに嬉しくてな。――心配していたが、見込みのあるやつもいるようで安心したよ」


「見込み……?」


 静まり返った空間では、呟くようなその声も驚くほど響く。


「そうだ。この場は、なにも君たちに説明するだけが目的ではないからな。とは言っても、何も知らない状態でこんなこと言われても訳が分からないだろう。――まずはミナト君の質問に答えよう」


 ゴウの言葉に、今度は誰も口を挟まなかった。静寂が場を漂い、皆の視線が彼に集中する。

 ゴウは一呼吸置き、話し始めた。


「我々人間は、この世界のダンジョンに蔓延はびこるモンスターに比べれば、とても弱い生き物だ。最弱と言ってもいい。生身のこの体だけでは、到底太刀打ちできない。だがこの世界には、そんな化け物どもに対抗することが出来る武器や防具が存在する。――遺産レガシーと呼ばれるものだ」


 遺産レガシー

 確かに元の世界ではそんなもの存在していなかった。

 やはりあったのだ。

 俺たちが生き残るための手段が。


「この遺産レガシーと呼ばれるものは、大きく分けて二種類に分類することが出来る」


 誰も口を開かない。

 会場にいる全員がゴウの言葉に耳を傾ける。

 彼は指を一本立てた。


「まず一つは聖遺物レリックと呼ばれるもの。その姿形は様々で、剣や弓などの武器、盾や鎧などの防具、指輪やピアスなどの装飾品がある。これらにはそれぞれ特殊な力があり、その強さは一から七の階級で分けられた等級で示される。だが、誰もが最も強い第一等級を扱えるわけではない。扱える等級は、個人の才能に依存する」


 個人の才能。

 その言葉に場がざわついた。

 それはそうだ。どんなに強い武器があっても、扱えないのでは意味がない。

 そんなの、弾丸が込められていない拳銃と一緒だ。

 しかしざわめく彼らに、ゴウは、おいおい、と声を上げる。


「早とちりするな。確かに扱える等級は個人の才能に依存する。だが、生涯を通して等級が同じなわけではない。扱える等級は徐々に上がっていく。個人の成長に伴ってな。――現に、俺はここに召喚された時、扱える等級は下から二番目の第六等級だったが、今は第二等級まで扱うことが出来るようになった。つまり、誰しも強くなることが出来るということだ」


 その言葉に、また場から喧騒が消えた。ゴウはそれを確認してさらに話しを続ける。


「だが、強力な聖遺物レリックにも弱点が無いわけではない。使用者の問題だ。強力な聖遺物レリックはその使用に伴い、使用者の体力を著しく消耗させる。つまり、いくつもの聖遺物レリックを同時に扱うことは不可能だということだ。そこで必要となってくるのが、もう一つの遺産レガシー残遺物トラッシュと呼ばれるものだ」


 ゴウは二本目の指を立てた。


「ダンジョンやそこに巣食うモンスターによって汚(けが)された、聖遺物レリックの成れの果て。それが残遺物トラッシュだ。それらのほとんどが指輪やピアス、ネックレスなどの装飾品の仕様をしている。階級はSランクからFランクと聖遺物レリックと同じ七段階に分類されるが、その効果の強さは聖遺物レリックに遠く及ばない。また聖遺物レリックとは違い、Sランク以外の全ての残遺物トラッシュが数回使用すると壊れてしまう消耗品だ」


「その代わり、体力の消耗が少ないってことか……」


 思わずつぶやいてしまった俺の言葉に、ゴウは律儀に頷く。


「そうだ。残遺物トラッシュは、使用してもほとんど体力を使わないという利点がある。だがこれは些細なことだ。残遺物トラッシュ最大の利点、それは、ランクに関係なく誰でも扱うことが出来るということだ」


「なるほど……」


 つまり、弱い聖遺物レリックしか扱うことが出来ない冒険者でも、高ランクの残遺物トラッシュを使用することによって、強さを補強することが出来るということか。

 消耗品とはいえ、体力を削らずに自分の実力を底上げすることが出来るのは確かに魅力的だ。


聖遺物レリック残遺物トラッシュ。俺はこの二つを使ってダンジョンに潜り、あの地獄のような場所で戦って生き延びてきた。そしてその理由が、君たちの希望にもつながる」


 ゴウはそこまで話すと、一つ間を置く。皆の顔を眺めるように。

 そして次に発した言葉は、思いもよらないものだった。


「元の世界に戻れる、可能性がある」


 またも場がどよめいた。

 無理もない。

 今までそんな可能性きぼうは微塵もなかった。そこでいきなり降って沸いたような話。

 静かにしろという方が無理だ。


「この街に存在する唯一のダンジョン『地下迷宮・シュベルツガルム』。そこは精鋭中の精鋭を集めた我々開拓組でも、わずか地下八六階層までしか到達することが出来ていない。文字通り、難攻不落の大迷宮だが、その最下層である、地下二百階層には我々を元の世界に戻すことが出来る聖遺物レリックが眠っていると言われている。――私たちはそれを求めて、ダンジョンに潜っている」


 ゴウの言葉に、喧騒が大きくなる。

 当然だ。帰れるかもしれないという可能性と、この世界の精鋭でも進むことが困難な大迷宮。

 希望と絶望。

 喜ぶべきなのか悲しむべきなのか、俺でも分からない。

 開拓組と呼ばれる精鋭がどの程度の実力を有しているのかは未知数だが、それでもこの場にいる俺たちよりは何十倍も強いはずだ。その人たちが苦戦を強いられる迷宮。帰ることが出来るかもしれないという希望が残っていることは喜ばしいことだが、これは実質この世界からの脱出は不可能だということではないだろうか?

 実際、ゴウはこの世界に三十年以上も閉じ込められている。

 混乱は次第に大きくなり、場が騒然となる。

 しかしこの状況を静めたのは、他ならぬゴウ本人だった。


「落ち着け!」


 会場に響き渡る声。

 だがそれは怒鳴るようなものではなく、勇気が湧いてくるような、戦士を鼓舞するような、そんな声だった。


「君たちの気持ちは分かる。俺がこの世界に呼ばれた時もそうだったからな。だが、安心してくれ。開拓組おれたちは諦めない。何度失敗しようとも、いつか必ず最下層まで到達してみせる。そして、君たちを元の世界に戻してみせる!」


 場が静寂を取り戻しても、彼は声を上げ続ける。


「だが、こんな聞こえのいい理想を語っても、君たちの心には届かないだろう。真実でなければ、君たちの心には届かない。――だから、本当のことを言おう」


 ゴウはそう言うと、背筋を伸ばして胸を張る。


 そして、

「俺たち開拓組は、行き詰っている!!」

 堂々とそう言い放った。


「ここ三年で進めた階層は、わずか六階層。六か月に一層の計算だ。これでは遅すぎる。我々も様々な策をこうじてきたが、全く効果がない。はっきり言って、八方塞がりだ!」


 開き直りとも取れる、敗北宣言。

 もしここで話しが終わっていたら、ある意味諦めがついたかもしれない。

 しかし彼は言葉を続けた。


「だから、頼む! 俺たちに君たちの力を貸して欲しい!! 今すぐにという訳にはいかないが、ダンジョンに潜って強くなり、俺たちに追いついた時、必ず君たちの力が必要になるはずだ! もちろん、俺のように冒険者になる必要はない。鍛冶屋でも、道具屋でも、俺たちに力を貸してくれるなら大歓迎だ。今、開拓組は君たちの力を欲している。こんな不甲斐ない先輩たちで申し訳ないが、どうかよろしく頼む!!」


 初めて、ゴウの本心を聞いたような気がした。

 



『君たちに説明するだけが目的ではない』




 あの言葉は、きっとこのことだったのだろう。将来、己と一緒に戦う仲間の下見と勧誘。そう考えると、俺たちを試すようなあの言動にも説明がつく。趣味がいいとは言えないが、それも仕方ないのかもしれない。

 なんせ命がかかっているのだから。

 それに何より、俺たちのような初心者にも正直に話してくれたことが嬉しかった。


 それはこの場にいるみんなも同じようで、

「ま、任せておいてください、先輩!」

「早く強くなって、先輩を楽させてあげますよ」

「……私も頑張る」

 あちこちから明るい声が飛び、ゴウはそれに一つ一つ頷く。


 俯きがちだった皆の瞳は前を向き、そこには輝きが戻っていた。

 かく言う俺も、やってやろうと思い始めている。

 してやられたと思わなくもないが、悪い気はしない。


「ありがとう、みんな。本当に助かるよ」


 ゴウは改めてそう礼を言うと、一度手を叩く。


「さて、少し話が逸れてしまったが、説明は以上だ。最後に何か質問がある奴はいるか?」


 静まる会場に、一つの手が挙がる。

 中世的な顔立ちに、少し長い黒髪を後ろで一本に縛った長身の青年。


「いいですか?」


 声は透き通った青空のように綺麗で、その容姿とあいまってどこかの王子様みたいだ。

 周りの女性が色めき立つのも無理はない。

 ゴウは、ほほう、と小さく呟く。


「君の名前は?」


「コウジって言います」


「コウジか。いい名だな。――それで、コウジ君は俺に何が聞きたいのかな?」


 コウジと名乗った青年は、頭の中を整理するように少し黙ると、しばらくして口を開いた。


聖遺物レリック……でしたっけ? それを扱うには自分の等級を知らなければいけないというのは分かったんですが、その等級はどうやって調べるんですか?」


 周りの空気に飲まれてしまって全く思いつかなかったが、確かに当然の疑問だ。

 これを聞かないことには何も始まらない。

 彼の質問に、ゴウは、ふむ、と頷く。


「その質問に関しては、俺よりも適任者がいる」


「適任者?」


 彼はコウジのそれに頷くと、

「いいぞ、入ってこい!」

 この会場の出入り口に向かってそう声を上げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る